なんとか読了かな

 残りが少なくなっていた四方田犬彦さんの小説「鳥を放つ」は、朝起きて布団のな
かで読み進み、7時頃にひとまず読了であります。
 当方は四方田ファンでありますので、それなり面白く読んだのでありますが、四方
田さんになじみのない人たちは、この小説を読んでどんな感想をもつでありましょう
ね。
 作品は1972年に主人公が大学に入るところからはじまりますので、この前後に大学
生活をおくった人には、同時代には、こういうことがあったぞと思うことでしょう。
 登場する人々は、中上健次さんのように実在で、そのままちらっと登場して大きな
役割を果たす人もありますが、ほとんどは、人物の枠組みは現実にあったことを借り
ながら、描かれているのは作中の人物となっています。
 作中の四方田さんが、いくらかカリカチュアのようになっていて、こんな書き方を
してもいいのかなと思うのですが、まあこれは本人が自分の名前を冠した人物を書い
ているのですから、どこからも声はあがらないでしょう。
 こんな一節もありました。
「四方田はつい先ごろ、東都大学で起きた人事スキャンダルの話をする。文学部の一
部の教員が示し合わせ、今をときめく李家堂直輔を助教授として招聘しようとした。
大学の人事享受外も無事に通過させた時点で、反対勢力の教員たちの強硬な反対に
会い、以前からあった学内の政治的対立がそれに絡んで大騒ぎとなった。」
 東都大学となっていますが、これは有名な事件を下敷きにしていますが、李家堂
さんのプロフィールは、事件の当事者であった大学教師と通じるところは少ないよ
うです。
 アメリカへといってちゃんと演劇を勉強するといって、主人公の前から姿を消して
しまう未紀という女性は、フランク・チキンズの法貴和子さんから、いくらかイメー
ジを借りているのかな。
 そんなふうに、登場する人物について、作者につながりのある人のイメージが投影
されているのではと読むのは、四方田ファンの楽しみ方でありましょうか。
 本来は、「鳥を放つ」とはどういうことであるのかと思いながら読むのが正しい
読み方であるのかもしれませんが、「鳥はどこにいたのか」でありますね。