雪のなか忘年会へ

 本日は悪天候になるという予報でありましたが、60年近く昔の小学校クラスの忘年
会があるということで雪のなか列車にのって参加してきました。当方は小学4年までで
転校してしまったのですが、田舎のこじんまりとした学校の良さでありまして、あり
がたいことです。転校していらいほとんどまったく顔をみたこともないのであります
からして、顔を見てもわからないどころか、名前を聞いてもわからずでありました。
 その昔に、詩人の秋山清さんが小学校クラスの写真を見て、ひとりひとりの名前を
つぎつぎと正しくいうことができると聞いて、そういうことは特筆することなのかと
首をかしげた記憶があるのですが、今になって思うに、とんでもない記憶力の持ち主
であるなと感じることです。
 本日は列車のなかで読む本を持参したのですが、列車に乗る前に立ち寄った書店で
次の本を見つけ、それを読みながら移動しました。

「ヒットソングの作り方」というよりも、副題となっている「大瀧詠一と日本ポップ
スの開拓者たち」というのが、内容をあらわしているでしょう。
当方にとって、ここに書かれている「60年代中期からJPOP隆盛まで」というのは同時
代の出来事であるのですが、どういうわけか日本語の音楽への関心が薄くて、そうい
う意味では、あまり良いリスナーではありませんでした。当方の友人には、この本に
書かれている世界をフォローしているのがいて、彼からシュガーベイブ「SONGS」の
カセットをもらったりして聞いてはいたのですが。
 大瀧詠一さんの仕事などを知るようになったのは、ずいぶんと後になってのことで、
いかにも間抜けな話であります。 
 先日に、今年3月に放送されたNHK「SONGS」の録画したものを見返ししていたので
すが、錚々たるミュージシャンがバックをつとめて大瀧詠一さんが残したテープの歌
にあわせて、鈴木雅之さんと薬師丸ひろ子さんが一緒に歌うというのは、今年の音楽
番組で一番聴き応えのあるものであったように思います。
 亡くなって、すでに何年かたっていますが、いまも大瀧詠一さんは後の世代に影響
を与えているということがわかります。この本の著者は1946年生まれで、大瀧さんよ
りも世代は上でありますが、制作の側から、音楽の作り手たちを支えた人が、書き残
した同時代音楽史でありまして、なるほどそういうことであるのかとあちこちに発見
がありました。