1914年夏 5

 ヨゼフ・ロートの小説に戻ります。

 これの翻訳をした池内紀さんの解説によると「『ラデツキー行進曲』のミニ版のよう
な短編『皇帝の胸像』(1935年)」ということになりますので、まずはこれを話題に
です。
 この小説の冒頭で、ロートは次のように記しています。
「ともあれ読者のみなさまにお許しねがって、これからおつたえするつもりの事実に
先だち、歴史的、かつは政治的説明をさせていただこう。近年、世界の歴史がやらか
した気まぐれのおかげで、こんなヤボったい説明をつけなくてはいけない羽目になっ
た。
 読者のなかの比較的若いかたがたはご存知ないだろう。今日、ポーランド共和国
一部である東部地域は、『世界大戦』などと呼ばれる先だっての戦争の終わりまで、
オーストリアハンガリー君主国帰属下の数多くの直轄領の一つだった。」
 戦争が終わって十五年ほどで、このような説明が必要となっているのでした。
それからさらに数十年もたった日本での読者は、ほとんどこうした説明がなければ、
理解ができないことになります。
 この小説の主人公は、いまはポーランドとなっている地域に居住する伯爵であり
ます。皇帝の組織の一員ではないのですが、「彼はまったく国に規約のない官庁」
とありますので、地域の重鎮として地域がよくなるような方向で行動を行っていた
ようであります。
 この小説は、この伯爵が皇帝と帝国をどのくらい愛していたかというお話です。