夏の読書 5

 西新宿のスナック「火の子」の開店の何周年かを記念して「火の子の宇宙」という
冊子が刊行されています。これの入手に失敗して、現在にいたっていますが、古本屋
では、そこそこ高い値段がついていまして、これからも縁がなく終わりそうです。
 この「火の子の宇宙」には、山口昌男さんも寄稿しておりますが、「火の子」に
ついてなにか書いていたろうかと思って調べてみましたら、「私の『アマディウス・
コンプレックス』」というタイトルで、「こと酒に関して言えば、私は酒豪の父の
酒量に圧倒されっぱなしだった。」という書き出しとなり、酒のみであった父の思い
出話でありました。どこにも「火の子」は登場しませんです。
 そんなこんなでいましたところに、先日に注文してありました加賀乙彦さんの
「雲の都」シリーズの既刊分が、次々と手元に届きました。安い、速いでありまし
て、あとは読むだけです。
 これまでも図書館で背表紙を見たことはありますが、いつか読むぞと思うだけで、
手にしたことはありませんでした。
 まず手にしたのは「第一部 広場」であります。

雲の都〈第1部〉広場

雲の都〈第1部〉広場

 これをひらいてびっくりしたのは、これに「火の子」が登場するからであります。
 「雲の都」の開幕をつげる、一ページ目に名前はありました。
「『おばちゃん、雪、雪』という澄んだ高音に小暮初江は目を覚ました。なるほど、
いつのまにか裸木や竹垣をかすめて白い粉が舞っていて、炬燵でうたた寝している
あいだ、常ならぬ静寂と寒気に包まれる感じがあったのは、このせいだった。
『火之子ちゃん、寒くないかえ』と尋ねると幼い子は、大きな目を輝かしえお河童頭
を揺さぶり、『あたし、雪描くんだ』と縁側に出、ちょこなんと坐って、写生をはじ
めた。・・
 幼児がそれまで畳の上で描いていた絵を拾いあげて点数をつける気持ちで吟味した
けれども、ほんの五歳の子の作品とは思えぬ見事な出来ばえに、いつもごとながら
感じ入った。」
 書き出しの一行目にある小暮初江というのは、主人公の母となるひとでありまして、
 この「火之子ちゃん」という五歳の少女は、作者の分身ともいえる主人公のいとこ
でありますが、この「火之子ちゃん」が、どのように成長するのか、これが楽しみと
なりました。