淋しいのはお前だけじゃ 2

 市川森一さんのドラマ「淋しいのはお前だけじゃない」は、評判がよろしくて、それ
こそ各賞総なめという成績でありました。第一回「向田邦子賞」というのも受けて、
この時代の代表的な作品となったのでした。
というのは、比較的玄人筋での評価でありまして、視聴率はあまり良くなくて、会社で
の評判はよろしくなかったようです。それでも、当時のTBSはまだドラマが売りであり
ましたのでね。あの時代は、いまよりもずっと手間暇のかかったドラマが、各社で
製作されていたように思います。
ちょうどTBSが市川森一さんや山田太一さんが金曜10時からの時間帯で作品を発表して
いたころ、NHKでは佐々木昭一郎さんが中尾幸世さんをヒロインとする「四季」という
連作を、年に一本くらいのペースで発表をしていました。向田邦子さんも、倉本聰さん
も現役のばりばりでありましたものね。
 しかし、向田邦子さんや倉本聰さん、そして山田太一さんの作品は、ほとんど見る
ことがなかったですが、市川森一さんのものにはまったのは、つくりものとしての
しかけの面白さがあったことと、主演の西田敏行さんが良かったからであります。
それは「港町純情シネマ」から始まったように思いますが、爆発したのは「淋しいの
は」でありました。
 昨日に表紙を掲載した「三草社」版の「あとがき」に、市川さんは、次のように書い
ています。
「この物語が、まだはっきりした輪郭をもだずに、さまざまな発想が塵の如く宙を浮遊
していた去年の夏の頃までは、ぼくは主演の西田敏行に、ドラマの内容をこんな風に
説明していた。」
 最初の西田さんに話したアイディアは、主人公がトラックの運チャンで、それがドサ
廻り劇団の女座長に人目ぼれした内容であったのだそうです。それから、西田さんの
キャラにあわせた主人公のイメージをふくらませて、ドラマが出来上がっていったと
あります。
「西田の場合、ジャリトラの運チャンでは、もうひとつ物足りない、役柄が役者を越え
ていない。そこで、さらに掘りつづける。やがて、『サラ金の取り立て屋』という設定
を掘り当てる。たちまち取り立て屋の西田がいままでになく生き生きと動き出す。
『できたッ』と思う。西田が相手でなければ、こんな物語は生まれていない。
 そして、もうひとり
 演出者であり、プロデューサーであった高橋一郎氏の、この一年間は、戦場を騎馬で
駆け抜ける武者のようであった。
 このドラマは、高橋氏を先頭に立てた敵中突破の勢いでつくられた。スタッフや役者
たちは、彼を”鉄人イチロー”と呼んだ。
 鉄人イチローが先頭にいなかったら、このドラマは、とうに霧散していたにちがい
ない。」
 朝日新聞の追悼記事は、元TBSの大山勝美さんでありました。「淋しいのはお前だけ
じゃない」のファンとしては、市川森一さんを追悼する高橋一郎さんの言葉を聞きた
かったし、高橋一郎さんに言及する追悼文を読んでみたいと思うのでありました。