小沢信男著作 214

「裸の大将一代記」の最初のところで、深沢七郎のことに話題が及びます。
「昭和三十一年(1956)に深沢七郎の『楢山節考』が出現したときは、文壇もジャーナ
リズムも愕然とした。文学青年のはしくれの私もその一人だった。近代の小説はこう
いうものだと漠然と寄りかかっていた基準、ないし足場を、いきなり外したところから
現れた作品の、奇怪な魅力よ!そこで諸説入り乱れるうちに、第二作、第三作が依然と
して妙であるが下手くそなようでもあり、つまりまるで進歩がなく、そのうち伝えられ
る作者の言動がまた奇妙だから、なぁんだ、あのふしぎな作品はたまたま馬鹿が書いた
までか、ということで、なんとなく安心したりしたではないか。そしてこういうレッテル
を、深沢七郎は貼られた。『文壇の山下清』と。
 山下清深沢七郎とは、じっさい、衝撃的な出現ぶりが似ている。その後の遁走ぶりな
ども似たところがあるようで、これも本書の宿題の一つとなる。」
 この著書のはじめのところで、こうして宿題が提示されるのですが、この宿題は、終わ
りのところで回答がでてきます。文庫本では377ページからの第10章が「やっぱり似た
もの同士」というなかにありますので、それは文庫本に直接あたって見ていただき
ましょう。