ジャケ買い 6

 金原ひとみさんの小説集「TRIP TRAP」の冒頭におかれているのは「女の過程」と
いう作品です。この作品は2009年7月の「野生時代」が初出です。
 主人公は十五歳の女性で、中学校に在籍しているのですが、学校にはいかず、
パチンコ店に勤務する男性と男性の勤務する会社が用意した寮(ワンルームの部屋)
で生活をしています。
 この寮は店員のためのものですから、他人が同居することを許してはいないようで
すが、会社の目を盗んで居着く女性が主人公だけではなく、隣の部屋にもいるようで
あります。この小説は、部屋のあるじである店員たちがパチンコ店へと勤務にいって
いる時間帯に、ベランダを介して居着いている主人公とひんぱんに隣の部屋に遊びに
くる二十一歳の女性が遭遇することから、話しが展開していきます。
 もともと主人公は「かごの鳥」生活となっているのでありますから、退屈している
のは間違いありません。
「遊び回っている友達らを羨ましく感じることもあるし、たまにはオールにいきたい
し、もっと色んな男と知り合いたいし、もっと楽しい恋愛をしたいし、もっと楽しい
遊びをしたいし、もっと楽しい所に行きたいし、とにかくもっと楽しく生きていたい。」
というのが十五歳の主人公の本心であります。
 隣の部屋にくる二十一歳の女性との会話では、次のように意識します。
「男と同棲している学校に行っていない中学生、そういう私を世間がどう見るかと
言えば非行少女なわけで、そういう自分を敢えて演じなければならないような気がし
たのかもしれない。」
「敢えて演じる」ということですから、世間は非行少女と思っても、自分としては
そうは思わないないということですね。
 現在の生活というのは、主人公の親が認めたものであって、親は男性に娘の生活
指導を期待しているようであります。
「そもそも私に更正する意志などないし、そもそも何を更正すべきなのかも分からない
し、娘を男と同棲させて更正させようなんて考える親がいるとも思わない。親は私が
手に負えなくなって、家を出ると言う私を止める手段がないと気づき、だったらせめて
一カ所に留まっていて欲しいと思って私が男と暮らすのを渋々認めただけだ。私を泊め
てくれる人はいくらでもいるし、キャバクラの寮に入ってもいいし、野宿生活をしても
いいし、知り合いのクラブで寝泊まりをしてもいい。」
 最近は、現実のほうが小説世界の先をいっているところがあって、普通であれば上の
ようなくだりを読むと眉をひそめてしまうのでありますが、昨年に新聞で報道された
キャバクラ勤務の女性のほうが救いようがなかったことだと感じるのでした。 
 金原さんは、子どもの頃からの母親への反発を語っていますが、この作品集の他の
作品では主人公が母となって子供を育てているのですが、その主人公は大阪で育児
放棄の果てに幼児を亡くしてしまった女性に対してシンパシーを感じるでしょうか。
 金原さんには、このような自らの楽しみのために育児放棄してしまう女性の心情を
もっとつっこんで書いてもらいたいと思いますが、それはなかなか難しいかな。
( 作品は09年で、大阪での事件は10年のことでした。金原さんの最近の作品の主人
公は、母親になっても育児放棄をするようには思えませんからね。)
 オヤジ世代の当方がこの作品に感じた違和感の一番は次のところ。
「私も店の裏口で祥を待っている時にちらっと社長をみた事があるけれど、すごく
ガタイの良いいかにもヤクザだった。私も一目で、偉い人だと分かった。」
 社長というのは、パチンコ店のでありますが、この会社は七店ほどをチェーンで
経営しているのもので、このような会社の社長がヤクザというのはお上との関係で
いくとあり得ないと思うのでした。