ブックオフの一冊目 2

 昨日に引用した中井英夫さんの「虚無への供物」のくだりは、密室で発生した
事件(?)に関して、登場人物が推理くらべをするのですが、その時に長老格の
「藤木田老」の発言でありました。
 この小説の中に、ノックスの十戒のうちいくつが引用されていたのでしょうか。
小説では、もう一カ所、次のようにあります。
 発現しているのは、同じ「藤木田老」であります。
「 マアマア、仲間割れはあとにして貰おう。探偵自身が犯人であってはならんと
いうのも、ノックスの第七項にある重要な戒めだて。われわれ四人は、はじめから
容疑の外におかんけりゃ・・・。」
 ノックスの「探偵小説十戒」というのが、探偵小説を成立させるにあたっての
べからず帳であるようであるのは、この小説を読んでわかったのですが、それが
どのような形で発表されたものであったかは、わかっておりませんでした。
 この晶文社版「探偵小説十戒」は、サブタイトルが「幻の探偵小説コレクション」
とあって、「ロナルド・ノックス編」とありました。こうしたサブタイトルになって
いることについては、巻末にある戸川安宣さんによる解説にありました。
「 本書は1929年にイギリスのフェイバーアンドフェイバー社から上梓された、
ロナルド・ノックス師およびヘンリー・ハリントン共編のアンソロジー
”BEST DETECTIVE STORIES OF THE YEAR 1928"の日本語版である。要するに、
探偵小説年鑑の1928年版というわけだが、・・・
 このアンソロジーが名高いのは、ひとえに本書の序文にある、といっても過言では
ない。編者ノックスは、そこで著名な『探偵小説の十戒』なるものを提唱している
のだ。
 こういう探偵小説、ないしは推理小説のルールを厳しく規定したものとしては、
ノックスのもの相前後して、ヴァンダインの『二十則』が知られている。こちらは
遺作『ウィンター殺人事件』の邦訳版に収められているので、興味のある方は参照
されたい。」
 「虚無への供物」の登場人物は、推理小説の愛好家でありますから、推理くらべ
ではノックスに続いて、次のような発言があります。とは、いっても発言の主は
「藤木田老」でありました。
「『爺やはいかん、爺やは』
 びっくりするような大声で、
 『 爺やとか女中を犯人にしてはならんというのも、ノックスの いや、これは
 ヴァン・ダインの探偵小説二十原則か。とにかく爺やは問題にならん。」
 この小説が書かれたときに、「ノックスの探偵小説十戒」というのは、推理
小説の愛好家にはよく知られていたのでしょうか。
戸川さんの解説を読んでも、この十戒の翻訳がいつころから流布していたのか
わかりません。小説家 中井英夫さんは翻訳がなくとも読んでいたとして、
作中人物のみなが英語で読んでとは思えませんので、乱歩の編著にでも引用されて
いたものでしょうか。