湯川共和国9

 「湯川書房回顧展」の会場にいきましたら、そこにいらした女性からどなたのファン
ですかと聞かれました。ギャラリーでの展示ということから、会場には今回出品して
いる美術家たちの熱心なファンもいらしたのでしょう。男性のほとんどは、限定本の
版元である湯川書房刊に関心があって、女性のほとんどは美術家の作品に関心があった
のかもしれません。
 「sumus」4号に掲載された山本善行さんによる湯川成一さんへのインタビューは、
その後、「SPIN」04 「湯川成一さんに捧ぐ」にも転載されていますが、「sumus」の
ホームページでいまでも見ることができます。(このインタビューは2000年5月22日に
当時の湯川事務所でなされたものです。
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/5180/sumus4.htm )

 これに、次のようなやりとりがあります。
「山本−女性の本のコレクターは少ないんですかね?
湯川−まずいない。いても続かない。女性はリアリスト。蒐集という世界に対する価値の
見方が男性とは全然違う。ただ、こういう例もある。
昔、『北の岬』を出したあと、限定本ブームの頃、その本が手に入りにくい時代が
あったんです。ある若者がその本が欲しくてしょうがないんだけど、書店に出ても高く
て買えない。ところがね、うちへたまに来てた女の子がその本を持ってた。
その男、彼女を嫁にしてしもた(笑)。」
 これに先立って湯川さんは、次のように言っています。
「限定本を蒐集する人が金持ちだというのは、それは当てはまらないんです。
いろんな人がいるでしょうけど、本の蒐集家でそんな大金持ちっていないでしょう。
うちのお客さんの一人で、普通なら地下鉄に乗らないかんとこを歩いて、そういうお金
で本を買ってくださる人がいる。普通の収入の人ですよ。例えば五百円の本があるでしょ、
山本さんは百冊欲しいわけでしょ、でもそういう人たちは百冊はいらない、限定本を
一冊買ってくれるわけです。」
 伝説の蒐集家といえば、なにかとんでもなくすごい人のことを思い浮かべてしまい
ますが、普通の蒐集家のことを、このようにいってくれるのが湯川共和国のいいところ
でありますでしょう。
 「湯川書房回顧展」初日には、湯川版「北の岬」が縁で結婚されたご夫婦がいらし
ていて、すこしお話を聞くことができました。当方とほぼ同年代と思われるご夫婦
ですが、この「北の岬」を購入された奥様は、自分が収入でもなんとか買うことが
できたといっておられました。ご主人は辻邦生の大ファンでいらして、それで
「北の岬」に関心が向いたのでしょうが、その時には古書としても入手が困難な状況と
なっていたとのことです。
 湯川成一さんは、「私の本作り」で「申し込んでくださる一人一人が私の本に対する
共鳴者のように錯覚してしまう」と書いていますが、この「本に対する共鳴」が「湯川
共和国」国民の資格でしょうか。