本をつくる人5

 「明るさの神秘」のみすず書房版は、内容は小平林檎園版をそっくりそのまま覆刻
しているのですが、みすず書房版でしか読むことができないのは、宇佐見英治さんが
寄せた「覆刻追記」であります。これは当然のことでありますが、小平林檎園版を
作って、それを売りさばくまでのことも、ここでは書かれていました。
「 本は八月の末に出来上がった。部数、千部、印刷所(精興社)から本がどっと
届き、『さんさ』や『つがる』の出荷のあと、Faxや葉書その他ですでに注文が来て
いる本書の読者に、多分夫妻は喜びの声をはずませながら、本の発想に大童であった
ことだろう。」
 小平林檎園版の価格は3千円でありますから、すべて販売して300万円の収入で、
いったいどのくらいの経費がかかっているのかと思うような立派な本となっています
が、もちろん、この本は直販が中心で、書店にはならぶことはないのです。
どうすれば、口こみだけで千部を売ることができるのかです。
「 小平夫妻はこの書の自家刊行を三年前から企画していた。当然販売宣伝の困難は
百も承知の上だった。氏は刊行の趣意と本の内容目次を印刷した立派な「刊行案内』を
つくり、あらゆる知友、多少とも脈にありそうな人に郵送した。夫人は見本が出来上が
ると元勤先の新聞社に赴き、旧友たちに直接宣伝するというほどの熱の入れようであった。
そうした努力の甲斐か、いくつかの新聞に書評が出た。書評が出ると小平氏はそのつど
私に連絡し、・・そのたびに在庫数があと何部になったと逐一報せてきた。いわゆる
口コミによる直接注文が次第に増え、売行は予想を上廻った。
 本の方は十二月半ば在庫が底をつき、同年年末にには発行以来四カ月で、千部が売り
切れた。
 今年になっても注文は途切れず増える一方で、小平夫妻は苦慮を重ねた末、結局今後
の発行をみすず書房に託し、同書房から刊行を続けてもらうことになった。」
 小平林檎園のご夫妻は、宮澤賢治の世界にぞっこんとありますが、宇佐見英治さんの
宮澤賢治についての文章を軸にした本が、たった四カ月で千部を売り切るというのには
驚くしかありません。