神保町で買った本3

 本日のブログの材料を見つけるために「歳月の鉛」四方田犬彦さんの新刊を
ぱらぱらとのぞいています。この本にはたくさんの人名がでてきますので、
その気になったところでページをとめます。
 この本は時代的には、大学に入学してからのことを書いていますが、四方田
さんは小生よりも2歳年少でありますが、早熟を絵に描いたような人であり
まして、ぼーっとした学生時代を過ごした小生には、ほとんど別世界の出来事
であるような逸話が紹介されています。
「1952年から53年に生まれたわたしの学年からは、新左翼セクト相互の
衝突に由来する連続殺人において、目立った数の犠牲者が頻出している。殺害
される側の人間がでたということは、おそらく同じように殺害する側の人間も
でたことを意味している。」

 小生のまわりにも学生運動というか、セクトのシンパはいたように思いますが、
その人たちは、セクトに所属すると活動が忙しいのでがっこうには顔をださなく
なります。こちらはなまけて学校に顔をださなくなるのですが、授業にでないと
いうことでは同じでありますが、その背景はずいぶんと違っていることです。

「 わたしが大学に入学した1972年の緊張した状況に、話を戻しておきたいと
思う。入学直後のわたしがレッスンとは、駒場のキャンパスが政治勢力によって
細かく分割されていることだった。」
 
 日本全国の大学がそうであったわけじゃないよなと思いますが、小生が大学に
はいったのは70年で、72年でもそうであったのだから、70年なんて大学は
上へ下への大騒ぎであったと思われがちでありますが、すっかり正常化していて、
活動はほとんどゲリラ的になっていたのでしょうね。大学内部での活動に限界を
感じて社会にでていったのが、よど号ハイジャックであったり、日本赤軍への
シンパシーであったのかもしれません。
 当方の周辺にも内ゲバで襲撃された人がいたのかもしれませんが、小生には
そのような情報が伝わってこなかっただけかもしれません。