桜の花の中で

 先日にテレビをみておりましたら、東京の桜開花を判断する基準となる靖国
神社の桜の開花が確認されたので、気象庁の職員が開花宣言をつげていました。
 彼は桜の季節に亡くなった、桜が散る中葬列は続いたといったら、九州の人は
3月の空を、東京は3月末から4月初旬を、これが北海道になると5月連休あけの
ことを思い浮かべるのでしょうか。
 小生は、子供のころを札幌周辺で過ごしたせいもあって、戦前の教科書にある
「サイタサイタ サクラガサイタ」なんてのを国語教科書の1ページ目に見ても
なんの感慨もわきませんでした。北海道では入学式のときに、桜が咲いた事など
一度もなく、雪のふる中を入学式というのはあったかもです。
 東京で生活をしていた時に、家の近所にある小学校などの桜は見事に花をつけて
これならば、入学式に桜はつきものだと思ったのでした。
 昨年に亡くなった知人は、5月中旬でありましたが、ちょうど北海道では桜が
開花している時期でありました、これから北海道で桜を見ると亡くなった知人の
ことを思いだすことだろうと思いましたです。
 まだすこし先のことになりますが、3月31日は「げんげ忌」といって詩人
菅原克己さんの命日となります。詩人としては決して有名ではないのでありますが、
文学学校の講師として、長く活動して、その交流が「げんげ忌」につながって
います。
 それでも菅原克己さんが亡くなって21年、その奥様もなくなって8年で、
去る者日々に疎しといわれるのに、げんげ忌だけは参加者がますます参加者が
増えているとのことです。1年に一度、「げんげ忌」は「げんげ通信」という
会報を発行するのですから、不思議な集まりです。
今月の初めに刊行された通信には、「げんげ忌」世話人である小沢信男さんが、
次のように記しています。
「 菅原克己没後二十一年。知友一門が故人をしんみり偲ぶ集いならば、いっそ
あちらが年々にぎやかになっていて、こちらはそろそろ幕引きのころあいかも。
ましてミツ夫人という精神的支柱が逝いて八年なのですから。
 とろこが、げんげ忌は、ご存知のとおり参加者がまったく減らない。つまり
増えている。なぜか? これはもう、菅原克己という文学運動にほかならないのだ。
 菅原克己の作品のふしぎさは、読者があちこちに芽吹いてくる。春の野のげんげ
のように。どこに広告するでもないのにね。いや、じつは、ふしぎでもないのだ。
どう種が蒔かれ、どう芽吹いているのか。その記録の一端が<掲示板>です。
・・・・こういう波紋のかずかずが、手作りの文学運動でなくてなんであろうか。」
 今年の「げんげ忌」は第21回で、4月4日谷中の全生庵で開催予定だそうです。
二次会は全生庵をでて、谷中墓地の桜の花の下で、行われるのがならいだとか、
本当に地味な詩人であるのに、亡くなってから素晴らしい舞台が用意をされて
いて、ご本人を追悼するに、これ以上のものはありません。