小さなメディアの必要 5

 ガリ版印刷というのは、すくなくとも日本ではほとんどすたれてしまった印刷形式で
ありますが、電気のないような地域で印刷を行おうとしたら、いまでも一番使われて
いる方式ではないかと思われます。
 津野海太郎さんの「小さなメディアの必要」という本の表紙には、タイの南部の解放区の
森の印刷所の様子がイラストで使われているのですが、ここには「タイの民主化闘争期に
さかんにでた自立的な出版物が主として三、四十ページ、タイプ謄写かタイプオフセット
印刷で、部数も五百部どまりと聞いてびっくりしたことがある。」とあります。
これに続いて「地下出版や解放区でだされたものにかぎらず、これらの出版物は売るという
よりも、ひとつのグループに一冊ずつくばられ、複数の人間によってまわし読みされる。
・・わたしたちの社会では五百部しかだせない出版物はそれだけで二流のものと見なされる。
だが、私たちの社会から一歩そとにでれば、そこには商業出版とはちがう五百部どまりの
本の世界があって、少部数のパンフレットやニューズレターからうまく力を引き出す方法が
おおぜいの人びとによってごくあたりまえのこととして共有されているみたいなのだ。」
 政治的な弾圧があって、機械が押収されるような国では、時の政府への「流言蜚語」の
生産のための小さな技術が求められ、ガリ版はその最適の手段とあります。いまでも、
世界のあちこちで反政府ゲリラの活動の話を聞きますが、反政府の運動の担い手たちが
みずからの正当性を訴えるためには、パンフレットなどで宣伝をする必要があるのです。
そのときの印刷手段が、立派な印刷機を利用してのものであるとは思えないことであり
まして、「ガリ版の話」が書かれて25年以上もたっているのですが、きっと世界のあち
こちでガリ版がいまも現役で使われて、それで印刷が行われているのでしょう。