枯葉の踊り 4

「自分の手近かに、印刷機をおいて、好きなものを好きなように印刷することは、
長い間抱いていて決して消えない夢であるが、バスキンはそれを実現した人のように
見えた。私はそういうことで刺戟を受けると、とりとめないことをいつまでも想い
続けるたちで、その映画をみてから数日の間は、どうも落ち着きがなくなっていた。
 若い頃、毎日のように神田にある印刷所に遊びにいって、文選、組版、鋳造なども
やらせてもらった。小さな印刷所であったし、そこの息子さんと仲良くなったので、
そんなことをしていてもそう邪魔にならなかった筈である。
 印刷所を商売として経営するようなことは一度も考えたことはないが、小型の印刷
機を欲しいと思う気持ちはそのあたりかふくらみ出したのだと思う。」
 
 串田孫一さんの「枯葉の踊り」に収録されている「印刷の魅力」から引用ですが、
ここにある印刷というのは、活字をひろってからプレスするものでありまして、
ワープロで作成したものをインクジェットで、またはレザープリンターで印刷すると
いうのとは違いますね。この文章を見ますと、その昔には小型の印刷機というのが
あったことがわかりますが、それでも設置するにはそこそこの面積が必要では
なかったでしょうか。串田孫一さんは、この文章を書いた4年前には小さな印刷機
入手して、細かい活字をひろって、やっと不細工な名刺が刷れるようになったが、
しんどくてため息がでてしまうとありました。
 小冊子でも印刷で作成しようとしましたら、どうしても専門家に依頼するしか
なくて、ワープロで版下をつくって、コピーまたは謄写版形式の印刷機で部数
作成て冊子をつくるなんてことは、夢のまた夢でありました。
容易に印刷物ができるようになったのと比例するように、活字印刷は姿を消して、
本のページからオーラが感じられなくなってきたのであります。
 道路に面して、せいぜいはがきくらいしか印刷ができない機械を設置した印刷所の
作業場がみえました。いまから20年以上も前のことでしたが、壁には活字がならんで
いたのです。もちろん文選から組版、印刷と年老いた主人が一人でやっているように
思えました。あの小さなはがき印刷機械は、どう処分されたのでありましょうか。