伊藤道郎という人

 今年の「みすず」アンケートをみていて、気になっていたのが新風舎文庫から
でていた「伊藤道郎 世界を舞う」 藤田富士男という本でありました。
評者は阿部日奈子さんですが、伊藤道郎さんという人がいたことは、どうして
知ったのでしたろうか。たぶん、林達夫さんから山口昌男さんの流れのなかで、
目にしたものと思います。一番手近にあった「思想のドラマツルギー」にでも
あったかと、巻末の索引をみましたが、ここには伊藤道郎さんの名前はみあた
らずです。
 阿部日奈子さんのこの評には、つぎのようにありました。
「 92年刊行の元本を文庫化した評伝。1910年代、名うての不良少年
だった伊藤道郎は、ひとたび踊りの魅力にとりつかれると、国境も大洋も越え、
欧州へ米国へと活動の場を移しながら新しいダンスの美を追い求める。
 第2次世界大戦時の強制帰国ですべて失うが、敗戦後は日本に芸術性の高い
ショービジネスを根付かせようと、振り付けや劇場運営に邁進する。東京
オリンピックの演出を構想しつつ、見果てぬ夢の道半ばで急逝するまで、その
人生は波瀾万丈だ。弟・千田是也によれば道郎の逆境を苦にしない楽天性、あと
さきを考えずに一途に打ち込む情熱は親譲り。」
 
 伊藤道郎さんの兄弟には、ここにあがっている千田是也さんのほか
伊藤喜朔さんという舞台美術の大家もいるのでした。ずっと別れていて、戦後に
再会することになる息子さんがジェリー伊藤さんであるとか、たいへん興味深い
存在であります。
 いまでいうと野田秀樹さんのような存在ででもあるのでしょうか。この人の
存在なくして「鷹の井戸」という舞台も成立しなかったのでしょう。
 この新風舎文庫は、すでに入手できないものと思っておりましたら、先日に
立ち寄った紀伊国屋書店の文庫棚に普通に並んでいました。これを買い逃し
たら、入手困難と思って、即座に購入したのですが、たくさんはいっている写真も
含めて貴重な資料であると思いました。これらの資料は、弟であった千田是也さんが
保存していたものを、藤田さんに提供したものであったとあります。
 スケールの大きな不良少年であったことです。