季刊湯川について

 そのむかしのこだわりの出版社は、PRをかねて冊子をだして
いたものです。リトルマガジンとよびたい格調の高いものがあったの
ですが、最近はそうしたPRがネットに移行しているようで、活字
好きにはちょっと残念なことです。
 77年から79年にかけて6冊でたものに「季刊湯川」という
ものがありました。湯川書房という会社は大阪にあって限定本から
文芸書などをだしていた小さな版元です。いまも会社はあるよう
ですが、ますます小さくなっているのではないでしょうか。
このリトルマガジンを刊行していたときが一番いい時代であったので
しょう。
 一冊300円ということでしたから、当時のPR誌としては値段の
高いほうであったかと思います。いくらか払いこんで送付されてくるのを
待っている内にでなくなってとまってしまったのですが、小生は6冊で
おしまいとおもっているのに、さきほどネットでみましたら、全部で
7冊なんて記載もあって、はてさてと思うのでした。
 いまから30年も前ですから、小生はまだ20代半ばでありまして
これはいくらなんでも渋すぎでしたか。(そのころから趣味が渋いと
いわれていたものですから、「古くさいぞ私は」とか「しぶい本」なんて
いう坪内祐三さんの書名をみましたら、これは小生のことであるか
なんて思ったものです。)
 79年にでた6号には永田耕衣さんの「面を横に」という文章が
巻頭におかれています。

「ほとんど摩滅に近い活字を入れ替えたり、必要に応じて補充しなければ
ならぬ活字があったりしたばあいのほかは、新活字を買い入れることの
ない、田舎町の小さな個人印刷所というところは、ローカルな或る文化人
たちにとって、例の印刷インキくさいその黒い親しさを、魅力的に放射
している一隅であった。」

 この最終巻となった号には、ほかに多田智満子さんのシュペルヴィエル
翻訳、岩崎力ヴァレリーラルボーの翻訳、そして有田佐市さんという
人の「ムッシュTについて」という文章がありました。
 このムッシュTについてには、78年1月から12月までの購書一覧が
あるのですが、これが時代を感じさせて興味深いのでした。