つまみ読みの本から

 ブックオフで格安で購入した「中上健次全集」第14巻に味をしめて、第15巻も確保
であります。第15巻は、評論、エッセイに加えて選評、文芸時評、年譜が収録されて
いて、資料としても重宝なものです。

中上健次全集〈15〉

中上健次全集〈15〉

 生前にはほとんどまったく興味のなかった中上健次さんでありまして、今頃になっ
てやっと雑文から手にしているのであります。つまみ読みしているのは、昭和63年11月
から平成元年11月までマガジンハウスの雑誌「ダカーポ」(月二回刊行)に連載した
文芸時評」です。ちょうど昭和から平成へとかわるときでありますが、この時代の
小説などに対して、中上さんがどのような評価をくだしているかに興味がありです。
 これを見ていて、中上さんが高評価をしている(100点満点で点数をつけています。)
のは、大江健三郎さんの作品であります。
 初回には「日本文学の水準の低さに唖然とした。」と書くのですが、その文章は次の
ように続いていきます。
「純文学の作家たちも何も考えていないのである。書くべきものを持っていない。文章
はスカスカ。
『夢の師匠』を書いた大江健三郎に瞠目したのは周囲のあまりのひどさもある。大江健
三郎の政治オンチぶり。韓国問題に関しての私へのデマふりまきや、ブッキッシュな
長編小説作法が、大江健三郎に疑いの目を向けさせていたが、横一列に作物を並べ読
くだく方法をとってみると、抜群の現代作家である事を認めざるを得ない。平たく言え
ば、文学を考えている。文章から吃音のくせが減り、平明になり、その分運筆の充実が
読者に伝わる。」(この作品には77点をつけています。)
 「周囲のあまりのひどさ」とことわりをいれながらも、大江さんの作品とその人とな
りを切り分けての評価でありまして、これには好感がもてます。
 このあと、再び大江さんの作品に高評価を与えています。1989年新年号に掲載作品の
時評においてです。
「今月の特徴は、現代日本文学の重要な作家が、これまでの持ち味を充分に生かしつつ
新しい展開を示し、しかも成果を上げている事です。一つは大江健三郎『人生の親戚』
(新潮)、いま一つは水上勉『才市(さいち)』(群像)。
 大江健三郎は実に不思議な作家である。この書き方、この硬直した思考では次は駄目
だろうと思っていると、デッドロックを予測もしない方向から易々と抜け、新しい展開
を見せている。先の短編(『夢の師匠』)群像十月号)もそうであったが、文章から
吃音癖が取れ、しなやかになっている。」(この作品は79点)
 ほとんどの作品が30点台でありますからして、大江作品の評価は群を抜いています。
 当方はこの時代に、大江作品はまったく読む事がなくなってしまっていたのですが、
中上さんがこのように評しているのを見ますと、あらためて読んでみたいと思うこと
です。
人生の親戚(新潮文庫)

人生の親戚(新潮文庫)