なんとか読了

 しばらく前から手にしていた後藤明生さんの「この人を見よ」を、なんとか読了です。

この人を見よ

この人を見よ

 後藤明生さんの熱心な読者ではありませんが、気になる作家さんのお一人で、大阪へ
と住むようになってからの作品集「しんとく問答」は、当方のお気に入りです。
しんとく問答

しんとく問答

 「この人を見よ」という作品が書かれていたことも知らなかったのですが、幻戯書房
から書房の10周年記念として刊行されるというのは、きっと意味があるのだろうと思い
読む機会をうかがっていました。
 それがやっとこさで、昨年末から今年にかけて実現したことになります。
 この作品については、数は多くはないものの作品評がありますので、それをご覧いた
だくとして、当方はどこを面白く読んだかです。
 まずは谷崎の作品「鍵」を読み解くところですね。
 小説作品を読み解くことで作品をつむいでいくというのは、後藤明生の得意技ですか
ら、それだけでありましたら、ああまたかとなってしまいます。
 それで、主人公が参加するカルチュアセンターで一緒する三人によるシンポジウムと
いう形式で「鍵」読解がはじまります。この読解のポイントは、「鍵」の登場人物によ
る三角関係はどのように進行したかであり、それに重なるようにカルチュアセンター三
人の三角関係が主人公の意識にのぼってきます。
 このあとは、「鍵」をテーマにしたシンポジウムであったものが、どんどんと話題が
かわっていって、いったいどこへと連れていかれるのだろうであります。このあたりは、
たぶん計算づくのものではなく、そのときの勢いで話題が転じていって、これを楽しむ
ことができれば、作品は面白くなってきますし、早く話をもどせよといいたくなれば、
後藤作品に縁のない人でしょう。(作中のシンポジウム参加者からも、司会者はテーマ
を明確に示せ なんて声がとんでいたりします。)
 脱線を続けていった結果、中野重治の年譜記載に言及するところが、当方にとっては、
意外感があって、ここがあるから、この作品は忘れられないことになりそうです。
 60歳を前にして、近畿大学文芸学部で教えるようになり、自らはマンネリとならぬよ
う新しい趣向を目指したものでありますが、大学での仕事が忙しくなったのか、書き続
けることができずに中断したままとなったというのがネットにあがっていました。
 この未完の作品は、特に結末が必要とも思えませんので、これで完結ですといわれま
すと、唐突ですがそうかとも思ってしまいそうです。緻密な構成をほどこして、きちん
と小説を書くというのは後藤さんの流儀ではありませんから、それだけに終わり方は
難しいと感じることです。
 これがこの先どのように展開するかを想像するのは、後藤ファンの楽しみといえるで
しょう。
 60歳を超えてなお、新しい表現を追求しようとする意欲に拍手、全体としては破綻し
ているのかもしれませんが、魅力ある細部がたくさんあって、それは従来手法であるの
かもしれませんが、そこから転じて、新しい切り口を提示するところで、また拍手です。 
 このように記していて、後藤さんの手法は、スタンダードな曲を演奏したモダン
ジャズのようなものかと思いました。即興によるソロパートはすばらしいが、作品全体
としては評価が低いなんてことは、ジャズプレーヤーの世界にはよくあることです。