ありふれた老い

 すこし煮詰まっていますので、ちょっと気分をかえるために本屋へとでかけようで
あります。とはいうものの、市内の新刊本屋では、ほとんど想定外の出会いをすること
はできなくなっているようです。
 このことは、別に当方の住まっているところだけでなく、全国的な傾向ではないで
しょうか。たとえば、最近に刊行されたという坪内祐三さんの「文庫本宝船」を入手し
ようと書店にでかけて、店頭でその本に出会えるなんてのは、ごくごく限られた本屋で
ありまして、こうしたところは全国で何店舗くらいあるでしょう。
 当方の住む北海道に書店がどのくらいあるのかわかりませんが、思いつくのは札幌に
5店あるかどうか、旭川は2店くらい、函館は1店かな、ほかは全部で3店あれば拍手で
すね。ということで、いきおいAmazonのページを見てみることになりです。
当方は、どこかで出会うことができるまで、じっとがまんであります。
 想定外の本にあたる可能性があるのは、むしろブックオフでありまして、まあほんと
どうしてこのようなものがここに流れついたのかと想像するのも、また楽しであります。
 本日は次の本を購入いたしました。

ありふれた老い―ある老人介護の家族風景

ありふれた老い―ある老人介護の家族風景

 松下竜一さんはデビュー作が、自伝的な作品「豆腐屋の四季」でありましたが、先代
からの家業を黙々と継いでいる孝行息子と思われるのを嫌い、ルポルタージュ作家に
転じたのですが、取り上げるのは国家に背くような方々ばかりで、見事に期待される人
間路線から抜け出したのでした。
 この「ありふれた老い」は、松下さん57歳のときの著書となりますが、「ある老人介
護の家族風景」という副題がついています。信念を通すために不便な生活をしていて、
それに巻き込まれる家族であります。
「私は十余年来、原子力発電に反対の立場をとっているので、電力需要を助長するクー
ラーを拒否してきているのだ。そのことを私は講演などで訴えたりもしているので、
いわば私のクーラー拒否は公的立場ともなっているという事情がある。・・・
 私は講演の中で、とにかく家庭電力のアンペアをいまよりも落とすようにと訴えてき
ている。一人一人がそう努める以外に原子力発電を拒否することなどできないからなの
だ。その提唱者の私が、いくら病む父のためとはいえ、わが家のアンペアを一気にあげ
るなんて許されることではない。」
 ということで、介護が必要となった父親の部屋にもクーラーは設置されることはない
のでありますが、こういう家長についていくのは大変なことであります。