先月のうちに届いていた「ちくま」4月号を話題にすることにです。
ほぼ毎月のように、この場で話題にしていた斎藤真理子さんの「読んで
出会ったすごい人」は、この4月号で完結となりです。途中で一回休載と
なりましたので、年度またぎとなった格好です。
休載となったのは、ハン・ガンがノーベル文学賞を受けることになって、
翻訳者であった斎藤さんにその関係の仕事が集中したからであったよう
です。このような歴史的な瞬間をはさんだ連載というのは、そうそうない
ことに思います。
最終回に取り上げた人は、詩人の吉岡実さんの詩集ではない本。
「吉岡実の『うまやはし日記』は、静かな本だ。1938年から40年までの
日記をまとめたもので、本の作りも、中身も、『しん』としている。ときどき
出して読むが、読んでいるときも、棚にしまってからも『しん』としていて、
『しん』の性質が少しも変わらない。静かだというのは、そこで生きている
ということだと思う。」
真理子さんは、このような書き出しで最終回をはじめます。吉岡実さん
ですから、もちろん高名な詩人で、筑摩書房に勤務していた時には社内
で装丁を手掛けていました。
詩人としても地味な印象があるのですが、生年は1919年4月とありま
すので、当方の亡父の一学年上です。東京下町の育ちで高等小学校を
終えてから奉公にでることになりました。(このあたりも父とおなじ歩みで
あります。)
「うまやはし日記」というのは、最初の奉公先をやめてから入った出版
社に転じて、それから徴兵検査を受けるあたりまでの日記であるようです。
出版社といっても、奉公人でありますから、倉庫とか発送などの仕事をさ
れていたのでしょう。(その昔は、出版社でも奉公に入った方で、幹部社員
となった人も多かったことです。岩波の小林勇さんはその代表ですね。)
さて、吉岡さんに「うまやはし日記」なんてあったっけと思って検索をし
てみましたら、1990年(これは吉岡さんが亡くなった年)に書肆山田から
でたものとわかりました。これはいまでも流通しているのかな。
真理子さんが吉岡さんを取り上げているのは、吉岡さんが兵役について、
「最後に行き着いたのが、朝鮮半島の南にある済州島だった」とあることから、
済州島での吉岡さんのことが気になったのでありましょう。
真理子さんは、吉岡さんの「済州島」というエッセイを紹介しています。
真理子さんが引用している吉岡さんの文章は、次のところです。
「恐らくあと一ヶ月戦いがつづいたら、済州島の山の中が、私の立っていた
最後の地上になったであろう。それが反対に、死から私を庇護し、なつかしい
再生の土地となった。」
真理子さんは、このように引用をした後、次のように続けています。
「このように吉岡を送り出し、戦闘を知らずに終戦を迎えた済州島だったが、
そのわずか三年後に、金石範の『火山島』、ハン・ガンの『別れを告げない』
で知られる済州島4・3事件が起き、夥しい人々の不条理な死を見届けること
になった。」


