明治の受験事情

 トレーニングをお休みにする日は、調べもののために図書館へと行きましょう

と思っているのですが、はてさて、この週末には大学共通テストがあって、高校

生はまだ冬休みでもあるかもしれないので、勉強に来ている学生さんで図書館

の調べもの室は混み合っていますでしょう。

 なにもこんな時に出かけていって、学生の邪魔をすることもないわと、試験が

終わるまでは調べものに行くのは、お休みといたしましょう。

 もともと、調べに行くのは明治時代の学校制度であったり、受験事情であるの

ですからね。まずはネットですこしあたりをつけてから本にあたったりするのです

が、このような本は、まちの図書館にはあまりないのですね。

 先日に何かのことから、次の本のことを知って、これを検索しましたら、まちの

図書館の閉架書庫にあることがわかりまして、借りてみることにしました。

アマゾンリンクとなっているのは、講談社学術文庫版ですが、当方が借りたのは、

それの元版にあたる講談社現代新書となります。

 とにかく明治期の学校制度は、まだしっかりと固まっていなくて、朝令暮改

ように年によって制度が変わっています。

 この本で取り上げられているのは、旧制高校の入試事情であり、選抜試験の

制度改革であります。(もともと、当時に旧制高校の試験を受ける人はごくごく

一部でありましたので、当方がその時代に生きていたとしましたら、どこか違った

世界の話と思ったでしょう。)

「明治34年までは高等学校ごとに入試が行われていた。ところが、高校による

難易差が大きく、優秀な者でも一高を受験して不合格になる者がいる。その

反面、学力が低くても容易に合格する高校がある。当時の高等学校は全員が

東京と京都の帝国大学に進学できることになっていた。」

 まずは1901(明治34)年まではこうでありました。

 旧制高校間の格差は問題であるということで、明治35年からはやり方をか

えるのでありました。

「明治35年から全国統一試験になり、一発勝負ではなく志望順位を考慮する

入試改革が実施された。第一志望の高校に不合格になっても、入試得点が高

ければ第二志望以下の高校にできることになった。」

 こうした結果、受験生の69%が一高を第一志望とすることになったのだそう

です。これはこれで問題で、入学生のほとんどが第二志望というような事態に

なってしまったとのことです。

 結局は、これを是正するために明治41年からは元に戻して高校ごとの単独

選抜になったのだそうですが、大正6年からはまた元の共通試験総合選抜に

戻るのだそうです。

「戦後の総理大臣池田勇人佐藤栄作は、この共通試験総合選抜の時代に

第二志望で第五高等学校に入学している。・・・池田勇人は、前年にも第二

志望で五高に合格したのだが、もう一年勉強すれば第一志望に合格するだ

ろうと思って翌年再挑戦をした。だが、結果は同じく第二志望で五高合格だっ

た。」 

 さて、当方が調べている明治17年生まれの苦学生の場合は、これのどの

選抜試験に臨んだのかが問題であります。どうやら明治38年に旧制高校

入学(9月入学)となったようでありますので、明治35年からの全国統一試

験を受けたのでありますね。この苦学生は、第一志望をどこにしたのでありま

しょう。やっぱり第一高等学校にしたのかな。