本日は朝起きて、食事の支度の前に外出して近所のコンビニまで毎日新聞を
買いに行くことにです。いつものように新聞スタンドを見ましたら、あらま毎日新聞
のところが空になっているではないですか。一部くらいしか入ってこないので、
先客に買われたのかな。そんなことで、この店から、そんなに遠くない別のコンビニ
へと移動してチェックですが、ここには入荷しないのかな、それじゃとまた別の店へ
と行って、やっとこさで新聞を確保することができました。めでたし。
本日の毎日「この三冊」には、若島正、堀江敏幸、沼野充義さんなどが登場で、
やはり毎日書評委員は充実していることであり。
本日に読んでいた本には、次のくだりがありましたです。
「父上の世代にむしろ近い丸谷才一さんとは、二十代の頃から面識がおありで、
最終的には『毎日新聞』書評欄を監修する後継者として、池澤さんを指名され
ました。丸谷さんとは実際のところ、どのような距離感だったのでしょうか。」
このように質問をしているのは、元読売新聞文芸記者尾崎真理子さんで、
問われているのは池澤夏樹さんとなります。
池澤さんは、書評に関して次のように回答しています。
「書評についても、イギリスの高級紙『タイムズ』の文芸付録を見本にして、『週刊
朝日』『毎日新聞』で日本の書評欄というものの形を作ってみせた。今では
『タイムズ』文芸付録に倣って、匿名だった書評もほぼ署名入りで、長文の新聞
書評も『毎日』から実現しましたね。」
このようなやりとりがあるのは、次の本でありました。
丸谷才一から始まった新聞書評のリニューアルですが、当方はこの路線を
熱烈に支持するのでありますね。
それで、「1945年に生まれて」でありますが、池澤さんは、当方よりも5学年
上でありますが、作家デビューが遅かったこともあって、作品は読んではいなく
とも、あれこれと情報だけは集まっていました。
一番最初に知ることになるのは、福永武彦の息子であるということですが、そ
れじゃ池澤姓というのは、どうしてと思っておりました。
芥川賞を受賞した時のあいさつで、これまで育ててくれた池澤の父に感謝します
と言ったのが強く印象に残りました。
今回の本では、このあいさつの裏話が語られていました。
「大学は中退するし、就職もしないし、自分で食べてはいるんだけど、それ以上の
親の自慢の種がなかった。だから芥川賞の授賞式で、ぼくはスピーチの最後に
この機会だからと思って、『私事ながら、ここまで育ててくれた父並びに母に感謝
したいと思います』と言ったんです。そしたら丸谷さんが後で、『ああいうことを
いわなくていいんだよ』って、事情を知らないから。それは格好よくなかっただろう
なとは思いますけどね。でも、池澤の父に対してはようやくの、育ててもらった成果
としての芥川賞。これから先は大丈夫だって伝えようと思ったんですね。浮世の
義理。」
ほとんど実の父とは、ものごごろがつく前に生き別れとなり、池澤の父を実の
父と思って成長した夏樹少年でありましたので、あのあいさつに込められていた
のは、そういうことでありましたか。
この本のあちこちに、そういうことであったかというところがありまして、勉強に
なることです。
