あっという間に寒くなり

 玄関を入ってすぐのいわばホールとでもいうようなところにビューローは置かれ

ていて、それにむかって作業をしております。昨日は、そんなに感じなかったのです

が、本日はやたら寒くて、何枚も着込んだ上に、腰から下はひざ掛けを巻き付けて

冷えないようにしています。

 このビューローに向かっての作業は、良くて今月いっぱいくらいで、その後は別

な場所に移っていかなくてはです。

 ビューローに向かっていると、パソコンの背後には、編集工房ノアの「海鳴り」が

ずらっと並んでいます。とりあえず、あと何日かは、すこし集中して「海鳴り」のバック

ナンバーを読んでやりましょう。

 それこそ、その昔の「海鳴り」を手にした頃とくらべますと、こちらは年齢を重ねた

ことや、涸沢さんが自著を刊行されて、そこで話題になっていることなどのために、

ノアに関わりの深い著者についての理解が以前よりも進んでいるように思います。

 本日は、1990年10月発行の7号と1993年8月発行の8号をのぞいています。

7号には川崎彰彦さんの「野鳥を訪ねて」が掲載されています。川崎さんの文章は

次のように始まりです。

「私たちの野鳥エッセイは、1984年の夏から三年十二回、他誌に連載し、その雑誌

終刊のあと『海鳴り』に引きついでもらった。探鳥の場所を広げて、もっと続ける

つもりだったが、A画伯も私も身辺多忙になってきたので、このへんで打ち切ろうか、

ということになった。」

 A画伯とは、この川崎さんのエッセーに版画を寄せている粟津謙太郎さんであり

ますね。

 昨日に届いた粟津謙太郎さんお「あしたまたな!」には、川崎さんと一緒に探鳥

会に行かれた話はあっただろうかと、ぱらぱらとページをめくって川崎さんの名前

を確認することにです。

 粟津さんは子どものころから昆虫採集が趣味であったようで、昆虫観察の話題

は多くあるのですが、川崎さんと一緒に探鳥会という話題はなしでありました。

 川崎さんが登場する話としては、川崎さんの「虫魚図」という編集工房ノアから

でた本についての思い出がありました

「『女房という名の女の高い声 茶碗くだけて走るゴキブリ』

 長年敬愛する作家川崎彰彦氏が茨木住まいをしているころの小説集『虫魚図』

の<虫>という短編にある連句だ。・・・・

 川崎氏の小説や詩集などが出るたびに、ブックデザインをまかされるが、この本

では挿絵も二十数点描いた。作中に登場する小動物や風景などの銅版画だ。

 原画を並べた『虫魚図』展を、大阪梅田の東宝画廊で開いた時、ゴキブリの絵も

<虫>と題して片隅に飾った。訪れた川崎ファンのとある女性が買ってもいいと

申しでて、話はうまくまとまりかけたが、最後にひとつ質問した。

『ところであの虫、鈴虫ですよね?』」

 川崎さんの「虫魚図」は1980年発行となりますが、川崎本としては珍しく、早々に

品切となっていまして、90年のノアカタログには掲載されていませんでした。

「虫魚図」を取り出してきて、虫の挿絵を確認することにです。北海道には

基本、ゴキブリは生息していませんので、当方はあまり抵抗なしにこの虫

を眺めることができるようです。

 「虫魚図」のあとがきで、川崎さんは、長谷川四郎さんの「ラドシュキン」のことに

触れていて、これは「ラドシュキン」も見てみなくては。