明日は町内回収日で

 その昔はと記して、はていつころまでであったとうかと思うことですが、全国

のあちこちで古紙回収の車が回っていました。スピーカーから毎度おなじみ

ちり紙交換ですと流して、声をかけると古新聞を回収し、そのかわりトイレット

ペーパーをくれるという仕組みでした。(あの商売はいまでも健在なのかな。)

 我が家で、子どもが中学生までは部活動の費用の一部を捻出するために古

紙回収をやっていまして、いつも古新聞は、そちらに出していました。子どもが

部活を卒業してからも、その部は古紙回収を継続していましたので、その回収

日の案内がありましたら、貼り紙をして玄関先にだすことにしておりました。

 最近は学校のその部活が、少子化の影響で低迷していまして、古紙回収

なくなってしまっています。それからは、町内会の月一回の回収日に出すこと

になりです。これが毎月の第一日曜日ということで、それに前一ヶ月の新聞を

だすのですが、その前に、保存する紙面があるかどうかチェックしなくてはです。

この一ヶ月には、いしいひさいちさんの連載「ののちゃん」が1万回となってい

ますので、そのあたりは残さなくてはですね。

 新聞の片付けにあわせて、毎月届きます「ちくま」「波」「図書」などもまとめ

ることになりますが、これらはすぐには捨てることなく残しております。これらの

冊子は、図書館などにもきちんと保存されることがなくて、けっこうあとで見よう

とすると苦労するのですよね。

 そういえば、先月末から今月にかけてはあれこれバタバタとしていたことも

あって、「ちくま」「波」などもちゃんと目を通していないことです。

 「ちくま」といえば斎藤姉妹でありますが、10月号で姉美奈子さんは「世の中

ラボ」で「リベラルはなぜ衰退したかを考える」について書いています。なるほど。

妹真理子さんの「読んで出会ったすごい人」は、「すさまじい人のすさまじい

記録 福田須磨子『われなお生きてあり』」というタイトルで、福田須磨子さん

を取り上げています。

 福田須磨子さんは、かろうじて名前を知っている存在でありますが、「われ

なお生きてあり」はちくま文庫に入っているのでありますね。この美奈子さん

の文章を目にしますと、福田須磨子さんに興味がわくことです。こんどどこかで

手にしてみることにいたしましょう。

 今月の「ちくま」で、これをもうすこし早くに読むことができればと思ったのは、

「日本のマンガ史のなかの黄表紙」という棚橋正博さん(近世文学研究者)の

文章です。

「大学やカルチャー講座で大人のマンガ黄表紙について講義するとき、まず

黄表紙の本の表紙の色の説明からはじめる。

NHK大河ドラマ『べらぼう』を観た人で、黄表紙とはあれのことかと、ご覧に

なった向きには、表紙の色の解説は不要だろうが、4Kテレビジョンと豪語する

割には、忠実な黄表紙の色が出せず、現物はもう少しくすんだ黄色をしている。

 文学史でいえば、安永四年に出された『金々先生栄花夢』(上下二冊本)

黄表紙濫觴である。」

 これに続いて恋川春町とか、朋誠堂喜三二、山東京伝などについて短く

紹介されますが、TVドラマ「べらぼう」で演じている役者さんの顔を思い浮か

べながら、この文章を読むことにです。

 当方などはTVドラマのなかで「黄表紙本」が映し出されるのを目にして、この

ようなサイズで、このような色であるので、黄表紙といったのかと思ったもので

して、もっとくすんだ色といわれてもです。

 棚橋さんが、この文章を寄稿しているのは、ちくま学芸文庫からでている「江

戸戯作絵本」を紹介のためでありますが、元本は昭和60年に社会思想社から

全六巻で刊行されたものが、「ちくま学芸文庫」で再編集して全四巻となって

でるのだそうです。

「あれから四十年、ちくま学芸文庫版での第四巻のオリジナル編集の再出発は、

編集スタッフの努力で図版も綺麗に仕上がり、参集した近世戯作研究者も嬉し

く、いいことづくめなのだが、黄表紙の原本がネットで見られる時代、読者の

反応が気に掛かる。」

 なるほど、ネット国会図書館で元の黄表紙の色を確認し、それについでどこか

の本屋で、この学芸文庫を手にしてみることにしましょう。