ちくま文庫がこの12月で四十周年を迎えるということで、「あなたにとって
『とっておきのちくま文庫』はありますか?」というアンケートを実施したようで、
その結果がWEBちくまで公開されています。
www.webchikuma.com ちくま文庫はまだ四十年であったか、もっといっているように思ったことで
す。当方が本を買い始めた、今から六十年くらい前には、文庫といえば岩波、
新潮、角川とあとは時代小説をもっぱらにだす文庫くらいしかなくて、そこに
1971年講談社、1973年中公、1974年文春という順で入ってきたことにな
ります。
これからしばらくした1985年にちくま文庫は創刊しましたが、1978年に
筑摩書房は事実上の倒産をしておりますので、なんとか再建が軌道にのった
ところでの新企画となりましたです。
初回の文庫ラインナップは20冊で、そのうちに7冊くらいは買い求めている
ようです。(新刊の時に購入したものは、その半分くらいか)
この時に購入したものは、他の版元ではなかなか読むことができずのもの
でしたので、ちくま文庫らしいといえるかもしれません。
浮谷東次郎さん、岡真史さんという若くして亡くなった方のもの、それに安房
直子さんのものなどです。浮谷さんのものはあげてもいいけど、最初に文庫に
なったのは、1981年の新潮であったからな。(今回四十周年記念復刊するこ
とでもあるし)
ということで、当方としては小沢信男さん、長谷川四郎さんを初め、たくさん
愛着あるちくま文庫はあるのですが、本日はえいやっと一冊にしぼってしまう
ことにです。
選考の理由は、その著者にとって最初の文庫本であることと、書かれている
内容が当方にアピールしたからでありますね。それまで演劇とかメディア論の
ような著作を発表していた著者の最初の雑文集となります。
元版は「思想の科学社」でありまして、それから5年経過してちくま文庫と
なりました。著者のことを、この本で知ることになった人も多いのではないかな。
ちょうど著者60歳の時に文庫となりです。
この本は、ひとりものとして、老人を生きるというのがテーマのようにも見え
るのですが、そのなかに本の話、交流のあった人たちの話などが混じっていて、
どこを読んでも楽しい。
特に一番好きな文章は、「歩く男の死」という文章で、この一つのなかに当方
の好きな文筆家の名前がみなでてくるという当方にとっては記念碑的なものと
なります。元は1987年5月「水牛通信」に寄稿したもの。
書き出しは、次のようになります。
「四月十八日の午後、ベッドに横になって、さっき杉並区立宮前図書館で借りて
きたばかりの川﨑彰彦の『夜がらすの記』という連作小説集を読んでいた。
数年前、編集工房ノアという関西の小さな出版社から刊行されたもので、きょう
図書館に行くまで、川﨑さんにこういう本があることを私は知らなかった。・・・
・・・・
とつぜん、枕もとで電話が鳴った。時間を見ると朝の八時である。
『くそったれ!』と受話器をとると、電話線の向こうの声が『小沢信男ですが』と
いった。『ありゃりゃ、まだ昨日が続いているのかしらん』と思ったのは、酔っぱらう
寸前までカウンターで読んでいた小説(川﨑さんの)のあとがきに、小沢さんの
名前が印象的なしかたで登場していたからだ。東京在住ではあるが、小沢さん
は川﨑さんのしたしい作家仲間なのだ。『ハイハイ、どうなさいました?』と私。
すると飲んだくれ小説の時間から這いだしてきた小沢さんが、ささやくような
低い声でとんでもないことを言った。
『・・・四郎さんが、さっき松沢病院で亡くなりました。いろいろあるんで、ちょっと
会えないかしら』」
津野さんが、横になって川﨑彰彦さんの小説を読んでいるうちに、酒を飲み
たくなり、近くの酒場へと行き、酔っ払って寝入った朝に小沢信男さんからの
電話を受けて、長谷川四郎さんが亡くなったことを告げられるという話から、
長谷川四郎さんについてのことに話は転じて行きます。
当方にとっては、四郎さんの死についての残念な文章ではあるものの、その
入口に川﨑さんがいて、つぎに小沢さんがいてと、顔見世のような文章となり
です。(この「歩くひとりもの」が文庫化された頃に津野さんは独り者ではなく
なっていまして、それってどうなのさと、独り者仲間から指弾されました。)
四郎さんも、小沢さんもちくま文庫には収録されていますが、どちらも最初の
文庫化ではありませんので、これからちくま文庫に期待するとすれば、売れない
作家である川﨑彰彦さんの小説選集でありますね。
これはなんとか実現しないかなと、次の五十周年にむけて夢をみることにです。





