本日の当地は、あまり気温があがらずですごしやすいことでした。
日中の最高気温は14時過ぎに記録した26.5度で、最低気温は22.4度で
ありますので、最高気温はあちこちの最低気温よりも低いことです。夏を過ごす
のであれば、当地へと猛暑に苦しんでいる人におすすめしたいことです。
とりわけ涼しいのは午前中でありまして、その時間にすこし「20世紀の歴史」
を読むことにしたのですが、原著はどうなっているのかわかりませんけども、翻訳
されている文章を読んでいるときには、これはどういうことなのかなと思って頭の
中に?マークが浮かぶことがありです。ホブズボームの文章がけっこうわかりに
くいせいなのでしょう。
まあわかってもわからなくても、ページを進めることにいたしましょうぞ。
まだまだ下巻は始まったばかりでありますが、やっと当方が生きた時代になって
いるのでありますからして。
ホブズボームは共産主義者でありましたので、そのへんのところは頭において
読むことが必要でありますが、次のようなくだりはいかがでありましょう。
「労働者を最終的に団結させたのは、かれらの生活の重要な特徴である集団性、
つまり、『自分』より『われわれ』を優先させる性質でだった。労働運動と労働党の
独特の強さは、労働者であれば当然抱くだろう確信に由来していた。すなわち、
かれらのような人々が運命をよりよい方向へ変えるには、個人としてではなく、
集団として行動ー相互扶助・ストライキ・投票の何であれ、できれば組織的にー
しなければならない、という確信である。ぎゃくの言い方をすれば、肉体労働に従事
する賃金労働者の数とその特殊な状況を背景として、集団的行為は可能になった
ということだ。アメリカのように、自分の階級を個人的に脱する道があると労働者
がわかっている国では、かれらに階級意識がなかったわけでは決してないが、
アイデンティティを決定的に特徴づけるほどではなかった。」
このところは英国の労働党の話でありますが、英国はそれだけ歴史的に階級固
定されているということですかね。この「20世紀の歴史」が刊行されたのは1994年
でありますので、それから30年、英国での労働党の存在感も低下しているでしょう
か。
先日に届いた「ちくま」8月号の斎藤真理子さんの「世の中ラボ」は、刊行となっ
てから百年を経過する「女工哀史」に関するものですが、細井和喜蔵と事実婚に
あった高井としをの著作と、その二人について書いた石田陽子さんの「不屈のひと」
の三冊をとりあげていました。
その最後のところのくだりを引用です。
「100年前には『あきらめない人々』がこんなにいたのだ、という事実である。
非正規雇用者が労働者全体の四割近くを占める今日、細井和喜蔵と高井としをの
生き方は間違いなく読む人に勇気を与える。格差社会が進行し、労働運動が形骸化
している今こそ、取り戻すべきはこの時代のスピリッツだろう。」
斎藤真理子さんの願いと、最近の人々のベクトルの向きは違っているようであり
ますが、組織的に動くというのはなされているようであります。




