このところ一番多くの時間をさいて読んでいるのは、中村稔さんの「私の
昭和史 戦後篇」となります。2008年10月に新刊で購入して、それから
積読が続いていたのですが、図書館から中村さんの「私の平成史」を読んで
面白かったことから、積読本を手にすることになりました。
「私の昭和史」は全部で5冊ありで、戦後篇はそのうち2冊で、このあと完
結篇というのが2冊で「昭和史」は終わり、それに引き続いての「平成史」と
なるわけです。当方の場合、読む順序としては、時系列ではありませんが、
「平成史」を読むことがなければ、「戦後篇」を読むこともなかったでしょうね。
それにしても、中村稔さんという人はすごい人でありまして、とんでもない
エリートでなのありますが、この本では、このようなことを書いています。
「一高の同級生の経歴を書きつらねてみると、同じ同級生といっても、府立
五中の同級生とは目立った違いがあることに気付く。・・・一高の同級生には
その卓越した才能に敬意を覚える人々が少なくなかった反面、彼らの現役時
代、会合で集まったときなどギラギラした嫌らしさがあった。たぶん出世競争
に骨身を削っている雰囲気がかもしだれていたためだろう。彼らが現役を
引退して後、はじめてその人格を見直すことが多かったのである。
これに反して、五中の同級生は、誰もおっとりして出世欲に乏しかったよう
にみえる。だから、会合はいつも和気藹々、他愛ない思い出話に終始する。」
中村さんは法学部の学生で、麻雀屋に入り浸り、文芸仲間と同人誌をやった
りという破格ではあるのですが、それでもあっさりと在学中に、今で言う司法試
験に受かって、それと同時に朝日新聞記者採用にも受かってしまいます。
だからといって、どうだまいったかという感じではなくて、できてしまうのだか
ら、しょうがないんだよねという感じであります。(そのあたりに嫌味を感じる人
はいるのかもしれませんが、当方はまったく問題なしです。)
あとは、法律を生業にする人らしく、言葉や事実関係について厳しいことで
あります。たとえば、中村さんが最初の詩集を刊行したユリイカ社主 伊達得
夫さんの「詩人たち ユリイカ抄」に収録の文章については、次のように記され
ています。
「伊達の文章は執筆時の記憶だけをたよりにしているためか、あるいは伊達が
ことさら韜晦したためか、事実についても年月についても間違いが多い。」
ということで、このあとに伊達の文章に疑問を呈していくことになりです。
それこそファクトチェックでありますが、詩人・法律家の中村さんには、当然のこ
とをしているだけでしょうが、こういうのは学ばなくてはいけないですね。
こういう時代ですから、なおのことであります。


