佐久間文子さんの「美しい人 佐多稲子の昭和」をパラパラと読んで
いて、第23章「怒り」というところで、手がとまりました。
昨日に記したのですが、佐多稲子さんの怒りが高杉一郎さんにむけられて
いたというのは、この佐久間さんの文章を読むまではまったく知りませんで
した。
ということで、本日は高杉一郎さんの本を取り出してきて、佐久間さんが
引用しているところをあたってみることにです。
すぐに見つかったのは、岩波文庫版「極光のかげに」でありますが、これの
231Pに窪川稲子さんの名前がでてきますね。この後段にあるくだりの行が
最初発表となった雑誌と単行本、新潮文庫版にはなくて、富山房百科文庫
から加筆されて、岩波文庫にひきつがれたとあるのですが、新潮文庫版も
どこかにあるのですが、それは見当たらずです。これは長期戦になりそうで
す。
「往きて還りし兵の記憶」もとりだしてきたのですが、引用されているとこを
チェックするのですが、簡単に見つけることができると思ったのですが、なか
なか見つからずです。とりあえず、この本を読んで、佐多稲子さんに関わる
ところをチェックしてみることにしましょう。
あわせて大田哲男さんの「若き高杉一郎」でも佐多稲子さんがでてくるか
どうか見てみよう。
佐多稲子さんの「怒り」という章の佐久間さんの最後のくだりです。
「ここからは推測になるが、戦争中の稲子の行動について、高杉はかなり批判
的に百合子から聞いていたのではないだろうか。あるいは、共産党内での立場
の変化、稲子の二度の除名や宮本顕治との距離が、よけいな一文を付け加え
させたのか。
すぐれた記録文学として長く読み継がれる自著に、発表から27年もたって、
『女給というものは、新しい客が入ってくるたびに笑顔を見せるものさ』(岩波
文庫版では、『見せなければならないものさ』)という復讐めいた文章を書き
加えさせるほど、稲子の怒りは高杉の心を深く刺したのかもしれない。」
「怒り」で高杉一郎さんい関するところは、8ページくらいですが、くりかえし
読んで、それと引用元をあたっていたら、他の章がまでいくことができなくな
ってしまうことです。
高杉一郎さんが、宮本百合子さんと個人的にも親しい関係にあったという
ことが、佐多稲子さんとのことに影響を与えたのかどうか、非常に興味深い
ことですが、どちらにしても推測でしかないことであります。



