床屋で読んでいた本

 本日もあれこれとありで、そこそこ密な時間の一日となりです。

 昼過ぎに近所の安価な床屋へと行きましたが、本日は先客が何人かいて、

持参の文庫本を読みながら、すこし待つことになりです。

本日の持参本は、西村賢太さんの「随筆集 一私小説書きの独語」でありま

した。これなら、どこから読んでもいいし、短い文章が多いので、待ち時間に

読むものとしてはよろしでしょう。

 待合の椅子に座って読んでいましたら、ありがたくなって居眠りで、順番が

来て声をかけられるまで、しばしお休み。当方の場合は、本を読むというのは、

睡眠に入るための最もよい方法であります。

 これに収録の「韓国みやげ」という文章のなかに、自著の「保存用たる一冊」

というくだりがあります。これがすざまじいというか、とっても付き合いきれない

というものであります。

「無論、一寸でもツカが傷んでいたり、カバーや帯にスレがあっては面白くない。

 はな、見本で届く十冊の中に、こちらの設定条件をクリアしたものがあれば

良いのだが、ときには全部に瑕瑾の存するものもある。

 これまでの、文庫と合わせた全単著のうち、最初の見本で”保存用たる一冊”

を見事入手できたのは、僅か三度きりのことだった。

 なので常に版元からは、別個に三十冊を購めるようにしている。何しろ、

カバー背の書名や帯背の文字が、僅かでも左右にズレていたら駄目なのだ。

ときには、その送本時の梱包の仕方が随分とぞんざいな場合もあるが、

そうしたものについてはすぐさま版元に抗議のファックスを送り、代替品を要求

する。これは商品として購めている以上は当然の行為だ。」

 このようにしても、「理想の一冊」を見出すことができないときは、書店をいく

つも廻って探すのだそうです。そこまでするかと思いますが、西村さんのような

客に対応する書店もたいへんであります。

 その昔に、やはりかなり難しいことで知られる作家さんが書店に足を踏み入

れたら、その店に緊張が走ったとありましたです。

 そういえば、今月の西村賢太話題といえば、西村さんの恋人なる人が、

手記を寄せた雑誌が売り出されたことでしょうか。どのくらい話題になっている

のかですが、当方は書店でちらっとのぞいただけで、まあいいかと思いました。