経営危機のおかげかな

 大型連休前に入手した「国書刊行会 50年の歩み」をやっとこさで、覗くこと

になりました。

 「国書刊行会」は1971年に設立ということですが、そのころはまったく縁の

ない会社でありました。いつころから手にしたのかなと思って、拙ブログ内の記事

を検索してみることにです。

 まったく忘れているのでありますが、いまから10年前に「国書刊行会」40周

年ということで話題にしておりました。そうでありました、ほとんどこの時に書い

たこと以上のことはないのでありました。

vzf12576.hatenablog.com   この10年間で当方が新たに知った「国書刊行会」のことであります。

 一つはあの「龍彦親王航海記」の著者である磯崎純一さんが、国書の編集長で

あったということです。いきなり未知の著者が澁澤伝を書いて、はてどういう人な

のかと思っておりましたが、国書刊行会の出版の軸を作られた方で、今回の50年

の歩みでも、巻頭で在籍当時のことを語っておられます。

 その磯崎さんの語りのなかに、次のようなことがありました。

「私が編集長になったのは1993年。同じ年に本社ビルが巣鴨から板橋区の志村

坂上に移転しました。実はそこにいたるまでには会社創業以来最大の経営危機が

あって、社員数が半分くらいまで減ったことがあったんです。仏教系の大口取引先

が倒産して、それをもろに被ってしまったという経緯だったんですが、かなり厳し

い冬の時代が数年ありました。大量のゾッキ本まで出してしまった。」

 当方が新刊で購入した国書の本はわずかでありまして、手元のあります本のほ

とんどは、ゾッキ本として流れたものを安価で入手したものでした。当方が購入

できたのは、申し訳ないことですが、経営危機のおかげということになります。

 それでも、経営危機を乗り越えて、現在も出版を継続できているのは、めでた

いかぎりであります。

 それにしても、磯崎さんの話にある山尾悠子さんの話は印象に残ることです。

「2000年には『山尾悠子作品集成』を刊行しました。この本は自分の編集者

人生において、ひとつのマイルストーンのような存在です。」

 最近に刊行となった山尾さんの「迷宮遊覧飛行」でも磯崎編集長への言及があ

りましたです。