曇天の文化の日

 祝日となる「文化の日」は、お天気がよろしいことで知られる特異日となり

ますが、本日の当地は曇天で、時に雨となりました。

 戦後に生まれたほとんどの祝日は月曜日に動いてしまっていて、何に由来する

お休みであるのかわからなくなっていますが、戦前に祝日のルーツをもっている

文化の日」は、11月3日から移動することはなしであります。

 そのうち、この「文化の日」を戦前に呼ばれていたような祝日に戻したいと

思っている勢力がいますので、そうした人たちは11月3日にこだわりをもっている

のでありましょうね。11月3日は文化の日、なんのこっちゃなんて思ってはいけな

いのですよ。

 戦後に生まれたり、改称された祝日の名前は、それなりに戦後の雰囲気を伝え

るものでありますが、いつの間にか祝日として祝おうという気持ちは薄れていて、

復古主義の人たちにやられてしまうのかな。

 本日は「文化の日」にちなんでゆっくりと自宅で本を読んでおりましたと記し

たいところでありますが、そんなことはなくて、トレーニングにいって、知人の

ところを訪ねておしゃべりをしたりで過ごすことになりました。

 気が付いたら、明日には図書館から借りている本の返却日でありますので、あ

わてて返却する本のチェックをすることにです。なんとかページをめくって本に

風を通さなくてはです。

 薄いブックレットのような「宮本常一ふるさと選集」を手にして、そのなかの

「ある老人の死」という文章を読むことになりです。

「老人が死ぬると小屋はすぐ解かれた。・・ここにこうして書きとめねば誰の記

憶にもとどまらないほど、ひっそりと消えていった人生であった。この人にも語れ

ば語ってきかせるほどのライフ・ヒストリーがあったはずである。それはそのつつ

ましく清潔な晩年がおぼろげながら物語ってくれるのだが、この世に何ものをも

残さなかった。墓すらも建てられはしなかった。

 もの言わぬ自然の中にはこうした人生が埋没しつつ、しかも何事もなかったよう

今日から明日へと時は流れているのである。」