足立巻一さんの「虹滅記」を読んでおりました。この作品は、足立さんが
「やちまた」を昭和49(1974)年に刊行したあと、恩師である石川乙馬
先生の伝記「夕暮れに苺を植えて」とあわせて三部作にするつもりで、昭和49
年から同人誌に連載を始めたといいます。
今から半世紀近くも前でありますが、これを読んでいて、一番強く隔世を感じ
るのは、次のようなところでありますね。
「松田家に養子になった献吉は、三年あまりして明治三十八年五月二十日、ここ
でも協議離縁となり、同日、同じく山鹿町山鹿六番地の古閑丸スモという女の
養子となった。それで敬亭の戸籍での記載は切れている。
そうすると、わたしには献吉というはじめて知る叔父がいたことになり、その
消息がひどく気になった。それで古閑丸スモの戸籍謄本を取り寄せた。」
文学評伝を書く上での基本資料の一つは戸籍でありますが、この時代は、その
調査というのは、よほどの親族の強力を得なくてはできないことであります。
その昔でも、文学研究のためにということで、物故作家の戸籍などを得ることは
できなかったと思うのですが、現在では親族関係であっても、対象範囲は制限さ
れていて、請求しても難しいのではないでしょうか。相続のために必要というの
とは違いますものね。
最近の文学研究されている人たちは、このあたりをどうされているのでしょう。
もちろん、戸籍というのはやっかいなものでありますので、これなど他人に簡単に
入手されては困るのでありますが。
足立さんの「虹滅記」を読んでいましたら、あちこちに戸籍請求するという記述
があるのですが、このうちのいくつかは、たぶん今でありましたら、請求しても
許可にならないでありましょうね。
そんなことを思っておりましたら、先日にJunJun先生がブログで「作家の長者番
付」を話題にしていました。かって国税では一定以上の高額納税者を公開していた
のでありますが、これも個人情報保護という観点から発表されなくなって、どの
作家さんが売れているのかどうかが、納税額で確認するということができなくなっ
てしまっています。これもちょっと残念なことであります。