長谷川四郎さんの祥月命日にあわせて四郎さんの文章などを読んで話題にする
ことをしています。
今年は「ところで今は何時かね」を取り出してきて、それに収録されている
「わたしと健康」という文章を読んでみることになりです。元々丈夫、頑健な身体
でシベリア抑留を乗り切ってきた四郎さんでありますので、健康なんてことはいわ
ずもがなのことでありましたが、その認識を変えなくてはいけなくなった時期にか
かれたものであります。
「去年から今年にかけて健康がとみにあやしくなってきた。なんにも、きっかけと
いうものがあるように思うが、こに、健康がとみにあやしくなったきっかけは、
つぎのようなものだ。」
四郎さんは、このように書いたあと、そのきっかけを自宅近くで坂道を駆け出し
て、その勢いで転倒し、下あごをコンクリート舗道にぶつけたことをあげています。
「以来、私は身体にガタが来て、歩く平衡感覚を失ったようである。すっくと
立って、さっさと歩き出すということが出来なくなってしまった。歩くときは、
自分ではそれほどでなくても、あぶなっかしく平均をとって歩いているように見え
るそうである。」
この「わたしと健康」は、「西医学」という誌の1977年12月号に発表されたもの
で、この時の四郎さんは68歳でありました。
この文章を最初に読んだ時の当方は30歳をちょっとでたところで、ありまして、
身体にガタが来てなんてことはほとんどわかっておりませんでした。
それから40年が経過して、当方の年齢は、これを書いた時の四郎さんの年齢を超え
てしまいました。
このあとまもなく、四郎さんはペンを持つことが難しくなり、口述筆記で作品を
発表するようになりです。
こうしたことは、四郎全集の編集を担当された福島紀幸さんが「ぼくの伯父さん
長谷川四郎物語」に書き残してくれています。
当方がお元気な頃の四郎さんをお見かけしたのは、1976年札幌でのサイン会の場
においてでありますが、そのあと縁があってお見舞いにでかけたときには、すでに
お話をすることが出来ず、ベッドに横たわっておられました。
