何年たっても変わらないか

 昨日に週刊文春に掲載されている小林信彦さんの「本音を申せば」最終回を

見ていたら、冒頭のところに「そもそも、東京でオリンピックをやろう、など

と言い出した人間がまず怪しい。かなり山師的な発想である。」とありました。

 オリンピックをこの状況下で開催するのかと問われた首相が、1964年の大会

は日本人に大きな感動をもたらしたとかいったようでありますが、そういうこ

とを聞いているわけではないけども、そうとしか答えようがなかったのでしょ

うね。

 小林信彦さんは、このコラムがはじまった98年2月には、次のように書いて

います。この時のタイトルは「むかしも今も」でありまして、この時の年齢は

65歳でした。引用は途中を端折っていますが、小林さんのものとなります。

長野オリンピックは裏がスキャンダルまみれであり、いずれ、それらがどっと

活字になるのだろうが、そうしたこととは別に、マスコミの横一列の報道姿勢

は、紀元2600年の馬鹿さわぎ、1941年12月の開戦直後、そして1964年の東京

オリンピックを、いやでも想起させる。

 そりゃ、ぼくだって選手の金メダル獲得の瞬間は素晴らしいと思うし、それ

がかわいい女性だったら、よけいそう思う。

 しかし、あの報道の仕方はなんとかならないだろうか。

 世の中には金塗れの今のオリンピックに反対する人々、まったく興味のない

人々も存在するのだが、彼らは<非国民>だというのが今の日本のマスコミの

姿勢である。・・」

 1998年2月のコラムでありまして、「むかしも今も」というタイトルであり

ますが、それから23年ほど経過して、オリンピックが金塗れというのは、さら

に強くなっているようで、オリンピック誘致のためにIOC委員たちへの接待と

賄賂というのは周知のことになっているようです。長野のときには、どっと

帳簿が紛失したといわれたものです。

 もう一つ、「むかしも今も」というのはオリンピックに反対する人々のこ

とを「非国民」というレッテル貼りですが、これについては、小林さんが最終

回で「安倍総理大臣が道化役に扮して下手な演技を見えた上で、オリンピック

強行の道を開いた。」と記している「元総理」の発言にも似たような内容の

ものがあったのですが、いまは「非国民」とはいわずに「反日」というので

ありますね。

 「非国民」とは国民に非ずでありますから、それよるも「反日」のほうが

国家にとって(元総理にか)は迷惑な存在であるということがうかがえること

です。