本日はお天気がよろしですこし気温があがりました。とはいっても
最高気温で7度くらいですから、かろうじてコートがなくで日向ぼっこ
ができるという感じでしょうか。
午前は散歩ではなく、近所の屋内プール施設へといって、そこのジムで
汗を流すことになりです。利用して一ヶ月でだいぶん負荷をかけての運動
にも慣れてきたところです。外見では自分よりも相当に年長にお見受けす
る方が、当方の倍くらいの負荷でマシンに挑戦しているのをみますと、ま
だまだ先は長いと思い知ることであります。
午後からは誘いにのってちょっと離れた町の図書館へと足を運ぶことに
なりました。面白い資料があるから見にこないと言われたのに、当方も一
緒にいかないとなったものです。ありがたきかなです。
その図書館に到着して入り口をはいりましたら、ホールのところで除籍
本をどうぞお持ちくださいということで、何本かの机の上に本が並べられ
ていました。
同様のことは当方のところの図書館でもやられていまして、そこにはけっ
こう年数のたった本が並んだりしているのですが、本日の町は、あまり古び
ていない本がありまして、本来の用事も忘れて、どれどれとそのテーブルの
ところで足がとまってしまったことです。
このところブックオフにもいけていないこともあって、オアシスのよう気
分に感じたことです。
それでどんな本があったのかといいますと、白洲正子さんのちょっと値段
の高い本が二冊あって、島尾伸三さんが父親についた本がありましたです。
これなどをすべてさらってしまったら、ここの町民さんに申し訳ないことに
なりますので、ぐっと自重しまして、次の二冊をいただいてきました。
(町民の方でほしい方がいらっしゃったら、それはごめんなさいです。)
庄野潤三さんのもので、ほとんど最後のほうの一冊のようです。この前には
新潮社からでたシリーズがあって、それらは新潮文庫になって、それで読んでお
りました。どれを読んでも同じといわれそうですが、年齢を重ねた人にしか許さ
れない大いなるマンネリの楽しみであります。
これは「自伝的文章」を集めたものとありますが、なぜ「ワシントンのうた」
であるのかは、この本を読みましたらわかるのでありましょう。
表紙を飾る絵画はミモザでありましょうか。季節的にもちょうどこの時期手に
するにふさわしいものです。
もう一冊は2006年12月に筑摩書房からでた高井有一さんのものです。
これに収録されているのは「ちくま」の2004年から2006年にかけて36回連載
したものに、一編加えたものとありました。「ちくま」はずっと購読しており
ますので、一度は目にしているのでありましょう。
高井有一さんは、作品を発表するにあたっては新字旧カナというスタイルを通し
ていまして、この「夢か現か」もそうであります。
丸谷才一さんもその流儀でありましたが、丸谷さんはなんとなく気取りという
か、エリートのこだわりのようなものをそのスタイルに感じたのですが、高井
さんの場合は、単に古い人というか、田舎の人だからこうなんだと思わせると
ころがありです。
もちろん、年齢でいっても育った環境でいっても高井さんは昭和七年、東京
生まれでありますから、こちらのほうが都会的で、丸谷さんのほうがイメージと
は違って田舎育ちで、気取っていたのでありますね。