オランダでつながる 2

 オランダつながりの最後は、「みすず」10月号に掲載の水島治郎さんの

文章であります。恥ずかしながら水島治郎という名前は、初めて目にしたよ

うで、はてさてどのような人と思いました。

検索をかけてみましたら、ポピュリズムについての本をだして、話題となって

いました。

  上の写真には表紙帯に「石橋湛山賞」受賞とありますが、もちろんこの本は

もともとあたためていたテーマであって、時局にあわせてあわててかかれたもの

ではありません。この本でもオランダに一章がさかれているとのことです。

(こんどどこかで手にしてみましょう。)

 「みすず」の文章は連載となるようですが、一回目は「『彼らの運命について

何も知らなかった』のか」というタイトルになります。

 一回目では、今年1月アウシュヴィッツ強制収容所が解放されて75周年を

迎えたことを記念し、オランダ・アムステルダムでの追悼式典でマルク・リュテ

首相がはじめて公式にユダヤ人やロマ、シンティへの迫害についてオランダ政府

の過ちを認め、謝罪を行ったことが紹介されます。

 国際的に話題となったのだそうですが、このことを当方は知りませんでした。

「最後の生存者の方々が生きておられるうちに、本日私は、政府を代表し、当時

の政府の行為につき、謝罪します。ホローコーストほど凄惨で酷いことを表現す

る言葉はないということを覚えながら、謝罪します。」

 保守路線を背景にもち、排外的な主張さえいとわないリュテ首相がどうして

こうした謝罪をするにいたったというオランダ国内の変化を中島さんは書いて

いくことになります。

 「彼らの運命」というのは、「当時のオランダ社会では、東方に移送された

ユダヤ人たちを待ちうける運命について」であります。オランダ国内ではドイツ

占領下において強制収容所に送られたのが10万7千人にのぼり、うち生還し

たのは5千人程度なのだそうです。

 はたしてオランダ国民は、東方に移送されたユダヤ人たちはどのようになる

と思っていたのか、今もそうしたことが研究されているということにちょっと

驚くことであります。

 この回では、「オランダ最強のサッカークラブとして国際的にも名高い

アヤックスのもつ『ユダヤ的環境』」についてもちらっとでてきます。

日本国内のサッカーチーム関係者の排外主義的な発言が話題になっています

が、国内チームはとっても国際化しているとはいえないですよね。日本から

でて欧州チームでプレーしている選手は、国内のファンよりは国際人になら

ざるを得ないことであります。