2週間で100ページか

 図書館から借りてきたティモシー・スナイダーの「ブラッドランド」は、すん

なりと読めるはずと思っていたのですが、これがうまくページを稼ぐことが

できずです。本日が期限でありましたので、図書館で延長をかけるとともに、

あわせて下巻を借りることになりです。

 これまでのペースは14日で100ページですから、一日何ページでありま

すか、まったく情けなやです。それなのに、どうして下巻も借りたかというと、

次のような理由がありです。

 まずは、上巻94ページから本文の引用をすることに。

「前年、ウクライナ共産党ではあらゆる地位の当院が粛清されていた。

1933年1月、スターリンは自分の部下を送り込んできた。信念を口にしなく

なった党員たちは『沈黙の壁』を作り、その壁に取り囲まれた者は命運を

断たれた。党員たちは、抵抗すれば粛清されること、粛清の対象となれば、

自分が死に追いやろうとしている人々と同じ運命をたどることを知っていた

のだ。(67)」

 この文章には(67)とつけられています。これはどう見ても、注があるので、

それを見てねということですよね。それで、章末または巻末にあるであろう注を

見ようとしましたら、ここには注がおかれていないのでした。おいおいですね。

注はすべて下巻の巻末にまとめられて掲載となっているのでした。

そういうわけで、注をみるために下巻を借りることになったというお話です。

 もともと一冊にしようと思ってやっていたら、ちょっと値段が高くなって売り

にくいので、上下巻となったという感じですね。 

  ちなみに注(67)には、この回想をついての引用元が表示されているので

ありました。

 それにしても、1930年代スターリンが君臨したソビエトロシアが、ウクライナ

行った飢餓戦略のすごさでありまして、飢餓で命を失ったウクライナ人民は数百万

人になるとのことです。

 ソビエトロシアが崩壊するまでは、このような事実が表にでることは少なく、仮に

出たとしても反共主義による世迷い言とばっさりであったでしょう。

共産主義運動に青春を捧げた活動家たちは、スターリンが亡くなったときに、

導きの星が墜ちたと嘆いたものですが、その死に喝采を送った人たちも少なか

らず存在したということですね。

 共産主義だから独裁なのか、それとも人間社会のなかに独裁へと向かう芽の

ようなものが存在するのか。