小野さんの文芸時評

 当方が文芸時評をチェックするようになったのは、平野謙などが活躍していた

はるか後年でありまして、当時型破りといわれた石川淳さんの文芸時評が始まっ

てからであります。

 それまでの文芸時評は、その月の文芸誌から主に小説作品をとりあげて、それ

にコメントをつけるものでした。新進の作家さんにとっては、全国紙の時評にとり

あげられることは大きな喜びであったはずです。

 石川淳から丸谷才一さんなどにつながる朝日新聞文芸時評が、そのような

時評を過去のものにしてしまいました。今となっては、文芸誌などに掲載されてい

るもので、信頼する評者がすすめてくれるものがありましたら、読んで見ようかな

と思ったりしますので、こういう旧来のスタイルの時評もあってもいいのにです。

 このところの小野正嗣さんによる文芸時評朝日新聞の)は、どちらかという

と月に一度の文学エッセイコラムのような趣でありまして、これはこれで時評とい

えるのかなと思ったりです。

 時評として読むとはてなと思いますが、取り上げられている内容は参考になる

ものであります。

 今月に取り上げられているのは、「『かわいいウルフ』というユニークな文芸同

人誌」であります。ウルフというのは、「ヴァージニア・ウルフ」のことになります。

 この同人誌を編集している小沢さんのことを紹介したあとで、次のように書いて

います。

「かくして21世紀の日本に熱烈な読者を得ているウルフであるが、彼女に強い印

象を刻まれた作家は多い。

 あの傑作『百年の孤独』(鼓直訳、新潮社)を書いたコロンビアのノーベル賞

作家 ガブリエル・ガルシア・マルケスもその一人だ。」

 とこのようにありまして、このあとマルケスの自伝「生きて、語り伝える」の修行時

代のエピソードが紹介されています。

「若きガルシア・マルケスが読書家の友人から、『全文暗記するぐらいになる』と

手渡されるのが、ウルフの『ダロウェイ夫人』なのだ。」

 あらま、これは知らなかった。マルケスの修行時代にそういうことがあったのか。

「生きて、語り伝える」のその部分だけでも読んでみなくてはと思わせるだけ、小野

さんのエッセイは、当方にはありがたかったのでありますね。

 これに続いてのところには、「めぐりあう時間たち」が話題となっていて、なかなか

興味深いことであります。 

ダロウェイ夫人 (光文社古典新訳文庫)

ダロウェイ夫人 (光文社古典新訳文庫)

 
生きて、語り伝える

生きて、語り伝える