松本さんといえば

 昨日に話題にした編集者 松本昌次さんについてであります。

未来社を経てら影書房を創業した松本さんは、終始戦後派の編集者

でありました。当方は、松本さんが担当した戦後文学作家のものを

何冊か手にしただけでありますが、いまだに読むことができていない

というのに、強く印象に残っているものに富士正晴さんの「竹内勝太

郎の形成」がありです。

 雑誌に連載されている富士正晴さんの文章に注目した松本さん

がこれを単行本とするまでに8年もかかったということを、松本さんが

書き記しています。

「わたしは三年どころか、七、八年にわたって、この『大赤字を出すかも

知れん』ところの『竹内勝太郎の形成』が気にかかりどおしだった。

『竹内勝太郎の形成』がはじめて活字になったのは、『文学』1969年

1月号で、以後、一回五十枚のワリで連載されたが、さすがの岩波書店

も余りに長すぎたためか、きっかり一年間で連載打切り。翌年1月から、

富士さんの所属する同人誌『VIKING』に、『月百枚を越えること』しばし

ばの再連載で、これまたきっかり一年間で書きあげられたのがこの本で

ある。・・わたしが本にしたいと思ったのは『文学』の連載がはじまった

時からだから、今年(1977年)の1月にようやく単行本になった時点から

逆算すると、実に八年目にして、一本にまとまったことになる。

富士さんよ、本当にお待たせして申しわけありませんでした、というほか

ない。」

 岩波でも単行本にするのは難しかったものを一本にまとめたのが

松本さんがいた未来社でありました。このようなものをだしても、なんと

か持ちこたえたのが未来社のえらいところです。

 引き続き松本さんの文章から引用です。

「『時利あらず』といえば、『竹内勝太郎の形成』のみならず、富士さんは

たえず『時利あらず』を生きつづけているではないか。未来社もまた、

同じく『時利あらず』を生きているにしても、この(富士さんの)メッセージ

にさえも覚悟が決まらないとしたら、編集などやめてしまえばいいと、わた

しは思った。印刷所に入れてからでも一年半かかり、A5版8ポ二段組

六百ページで完成した時、やはりこれは十年がかりの本であるなあとい

う、ずしりとした重味を確かな手ごたえとして感じた。」

 当方は、この時の富士正晴さんの年齢をすでにこえてしまっています。

富士さんと松本さんが十年もかかって作った本を、そろそろ読まなくて

は、残りの時間が少なくなることです。

vzf12576.hatenablog.com