部屋の片付けを

 家のあちこちが片付かなくて、ひどいことになっています。さすがに、ここ何年か
は居間に本を詰めたダンボールは置かないようになっています。家人からは、居間に
物があふれていて、とっても知人を家に招くことはできないと言われ続けています。
ほんとこれはいけないことであります。
 遠くの住む家族からは、次回に帰省するまでには、もうすこし片付けておいてねと
いわれています。その次回までひと月くらいになって、あわててダンボールが積まれ
ている部屋の片付けにとりかかったわけです。そうはいってもうまい方法はあるわけ
ではなく、右から左へと箱を動かして、すこしごみとして排出し、ちょっとでも歩く
ところができればよろしです。この作業は、あと3週間ほど断続的に続きそうです。
 そんな作業をしながら、昨日に話題とした文藝春秋社のPR雑誌「本の話」を探し
たりです。この雑誌は、けっこう楽しみにしていたのですが、パワーが落ちてきたか
なと思ったら、廃刊(?)になりました。
 「本の話」に、松山巌さん、井上ひさしさん、井田真木子さんが「鼎談書評」を
連載していたのは、どうやら「本の話」創刊号からであるようです。本日に箱を
あさっていましたら、そこに「本の話」が何冊かありましたが、1995年10月号という
のが一番古くて、その号の「鼎談書評」は掲載四回目のでした。「本の話」10月号が
第一巻四号とありますから、創刊からの連載であることがわかります。
 それにしても、井上ひさしさん、井田真木子さんと松山巌さんの三人というのは、
なかなかすごい組み合わせであります。文藝春秋社のPR雑誌を作ったら、こういうも
のができましたと、すごい組み合わせがいとも簡単にできたかのようにみせるのです。
 この10月号の特集は「鬼平犯科帳の愉しみ」というもので、翌月の特集は、「丸谷
才一と書評のレッスン」であります。丸谷さんにロングインタビューを掲載し、その
後に丸谷さんが過去に書いた書評が気に入らないので、書き直して、ふたつを比べて
みるというものが掲載です。このあたりは、文春の丸谷付き役員である湯川豊さんが
担当したようであります。文芸誌に掲載されてもおかしくない内容のものを、PR誌に
掲載ですから、その当時は意気込んでいたのですよね。
 「鼎談書評」に井田真木子さんというのが、ちょっと意外な感じをうけますね。
今から二十年前ですから、松山さんだって、まだまだ知名度は高くなかった。