ペースをあげなくては

 本日にネット格安本で購入したトーマス・マン「ブッデンブローグ家の人びと」下
巻が届きました。
 この小説を読み始めたときに、下巻が見当たらず軽く探してはみたのですが、見つ
からず、以前にこんなところにあると思ったことはあるものの、それがどこであった
のか、まるで思いださずです。
 結局探すことは断念し、格安本を確保することになったのですが、あまりペースを
あげて読んだら、注文した本が届く前に中巻を読み上げてしまうのではと、いらぬ
心配をして調節をしたら、こんどはブレーキがかかってしまいました。
 次に読む物も、その次に読む物も決まっていて、その合間に中をつまみ読みするも
のも決まっているのですから、ゆっくりはしていられないのですね。このブレーキの
原因は体調不良とオリンピックでありましょうか。
 「ブッデンブローグ家の人びと」は、二十歳くらいの頃に購入したものであります
が、そのときに読んでいたら、このところには反応しなかったであろうなと思うこと
がありです。
 たとえば、次のような花屋さんでのくだり。
「これを下さい  バラを二、三本 そう、どれでも。ラ・フランスを」
 バラを買いにいって、どれでもといってから「ラ・フランス」を指定するのであり
ますね。この登場人物が、この「ラ・フランス」というのは、何年ころなのでしょう。
あまり細かい年号はないのですが、1840年から50年頃のようなのです。
 これが「ラ・フランス」という、その時代の新種のバラであったとすれば、あらま
時代があわないことであります。
ラ・フランス」というバラは、歴史的な意味合いを持つ花で、検索をかけましたら
次のようにあるのです。
「 1867年にリヨンの育種家ジャン=バティスト・ギヨ・フィスにより発表された
ハイブリッド・ティーローズ第1号のバラ。ラ・フランス誕生以前のバラを
オールドローズ』、誕生以降のバラを『モダンローズ』と称している。」
 トーマス・マンがこれを書き上げた1900年頃には、この世にでて33年くらいたって
いますので、ずいぶん有名であったと思われますが、どう考えても1850年代のドイツ
に「ラ・フランス」が存在したとは思えないことです。
 本当のところは、トーマス・マンの原文に確認しなくてはわからないのですが、
こんな細かいところ、どうでもいいかな。