先日の新聞から

 5月13日の朝日新聞を見ていたら、まるで対照的なお二人のほぼ同年の作家が文章を
寄せていて、これがなかなか面白いものでありました。
 ひとつは「あなたへ 往復書簡」という欄にあった作家佐伯泰英さんから角川春樹
さんにあてられた書簡形式の文章、もうひとつは土曜別刷にあった作家丸山健二さん
による「作家の口福」というコラムであります。
 佐伯さんは、「私はこの15年余、毎月文庫書き下ろしを刊行してきました。寿命の
短くなった新刊文庫を『月刊』で出すことでかろうじて生き残ってきました。・・
書き下ろしの『佐伯文庫』を『作品』とは考えていません、『商品』です。」と角川
さんにあてて書いています。当方は佐伯さんのものは「惜櫟荘」ものくらいしか読ん
でいないのでありますが、その多作ぶりは「図書」に連載で拝見していました。
佐伯さんが角川さんにあてて書いているのですから、佐伯さんは編集プロデューサー
である角川さんの考え方「文庫本は読み捨て」を否定はしていません。
 一方で同日の別のところで丸山健二さんは、次のように書いています。
「幼稚な価値観が、手軽に酔えるという利便性によってたちまち蔓延し、数の多さに
よって商売になることで主流をなし、ときたま浮上してくる、高質で高次な作品は、
そんなものを認めてしまったら自分の立場がなくなるという、焦燥と嫉妬心からこと
ごとく排除されてしまった。・・かくしてこの火芸術的な国における、文学とは名ば
かりの文学は、権力や権威に露骨になびき、お手盛りの賛辞による高い位置づけによ
り、素人目にもあんまりなレベルに引き下げられ、背を向けられ、商売としても成り立
ちにくいものと化し、現在の憂き目を差し招いた。」
 我が道をゆく作家 丸山健二さんらしい「作家の口福」の一回目です。普通の作家は
ここで、何が美味しいとか書くのですが、それについては一行もさかれていません。
売れてなんぼ路線に行かざるを得ない作家と、それに背を向けている作家であります
が、その作品で気になるのは丸山健二さんのほうですが、たいへん若い時に芥川賞
受けて話題となったものの、今は文壇に背をむけて信州で活動をしています。
 昨日にも話題とした勢古さんの「定年後読みたい文庫百冊」の一番目にあがって
いるのは丸山健二さんのものでした。勢古さんは、「百冊の一番最初に丸山健二をもっ
てきたことに特別の理由はない。」としていますが、丸山さんに惹かれるものがある
からでありましょう。