格安東京旅行 6

 東京から戻って数日となるのですが、旅行の余韻を楽しむために、本日も格安旅行
の話題です。
 東京に滞在している時より、樋口一葉の文庫本を手にしていまして、これを読みな
がらの南千住界隈の散策でありました。樋口一葉が、その代表作品を書いたのは、
本郷へと越してからの1年ほどの間ですが、作品の着想を得たのは、竜泉町に住まって
いたときであり、そのためもあって一葉記念館は、一葉が住んでいた旧居からすぐ近く
の竜泉町に設置されています。
 一葉作品の世界に入り込むのは、けっこうたいへんでありまして、「たけくらべ」は、
そこで書かれている舞台と状況は、当方がいる時とほぼ同じであるのですが、いかんせ
ん時代が違うせいもあって、なかなかすんなり頭にはいっていきません。
「商ひはかつふつ利かぬ処とて半さしたる雨戸の外に、あやしき形に紙を切りなして、
胡粉ぬりくり彩色のある田楽みるやう、裏にはりたる串のさまもをかし、一軒ならず
二軒ならず、朝日に干して夕日にしまふ手当ことごとしく、一家内これにかかりてそれ
は何ぞと問ふに、知らずや霜月酉の日例の神社に欲深様のかつぎ給ふこれぞ熊手の下
ごしらへといふ、正月門松とりすつるよりかかりて、一年うち通しのそれは誠の商売人、
片手わざにも夏より手足を色どりて、新年着の支度もこれをば当てぞかし、南無や大鳥
大明神、買ふ人にさへ大幅をあたへ給へば製造もとの我等万倍の利益をと人ごろに言ふ
めれど、さりとは思ひのほかなるもの、このあたりに大長者のうわさも聞かざりき、」
 「たけくらべ」の冒頭におかれたところですが、引用をどこかで切ろうと思っている
ものの、一つの章は3ページにわたっていて、その最後まで句点(文末のまる)がでて
きません。言葉を声にだして読みますと、たいへん良いリズムなのですが、目で読んで
いますと、なんとなくリズムの良い文章が、だらだらと続くようにも思えます。
 当方が、これを読んでいましたのは、まさに「霜月酉の日例の神社」でありまして、
何十万円もする熊手が売り買いされて、それを購入した人がお金を儲けることができる
としたら、それを作っている内職の人たちが、お金に縁が薄いのはなぜでありましょう
というのは、たぶん、百年以上たっても変わらない構図でありましょう。