この時期は、長谷川四郎さんの文章を読むようにしています。
ちくま日本文学全集「長谷川四郎集」に収録されている「駐屯軍演芸大会」を読ん
でいましたら、どういうわけか「デルスー時代」を手にしたくなりました。
本日眼にした坪内祐三さんの「考える人」にある「長谷川四郎」の冒頭には、次の
ようにありです。
「いわゆる年末進行というあわただしいスケジュールの中、ここ三日間、長谷川四郎
の文章を読み続けています。本当は、もうとっくに原稿を仕上げていなければいけな
いのに、読み続けています。私が持っている長谷川四郎・・の適当な一冊を手にし、
適当な文章を読み散かし、時間が過ぎて行きます。原稿の締め切りさえなければ、そう
いう時間の過し方はとても幸福です。長谷川四郎の文章は、そしてその流れに身をまか
せることは、他の誰の文章にもまして、そういう幸福を、いつも与えてくれます。」
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はないぞというあせりを感じるときこそ、はまってしまうものなのですよね。
「長谷川四郎集」に「駐屯軍演芸大会」という作品を取るというのは、なかなかない
選択でありまして、これはどなたの選でありましょうか。この集の解説は鶴見俊輔さん
でして、その解説で「『模範兵隊小説集』にあるように、彼は、軍隊でうたわれる替唄
が好きだった。自分の作品も、替唄のようにして、人間のくらしの中に織りこまれる
ようであってほしいと思った。」と書いていますので、鶴見さんの考えがはいっている
と考えるべきでしょうか。
その「模範兵隊小説集」に収録の「駐屯軍演芸大会」と「長い長い板塀」に収録の
「デルスー時代」はどこでつながるかといえば、描かれている時代と状況が同じであり
ました。
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その方と会うために外出し、それから戻って演芸大会に参加した時に、「黒い寸づまり
の飛行機からの爆撃」にあって、駐屯軍は全滅となるのでありました。これは8月10日
とのことです。
一方、自伝的な性格が強い「デルスー時代」をみますと、この8月のことは、次のよ
うになります。
「8月7日、私はひとりだけ本隊である満州里の中隊へ呼ばれていった。未明に出発して
一人の人間に出会うこともなく午後おそく到着する雨中の単独行軍だった。嫁さんが
(というより、もう女房と呼ぶべきか)面会にきたからである。私は本隊へいき、町の
宿屋で無事面会をすまし、その晩は中隊に一泊し、翌朝早く『北方要員』の分隊へ帰れ
という命令をうけ、その晩は中隊のベッドで眠った。そして8月8日の未明、異常に早く
叩き起こされた。ソ連軍が攻めてきたからである。その時はもうわが『北方要員』分隊
はいちころにやられて全滅。こんなわけで私は生きのこり、逃げ出したが、逃げてゆく
うしろからソ連軍が追いかけてきた。・・・
追いかけてきた者に私は捕えられ、そして捕えられるや、みずから進んで服役して、
ザバイカルのチタへ連れていかれた。そして今もって私には、戦犯の意識がある。」
とここまで来て、最近眼にした堀江敏幸さんの「体験の角度について」(芸術新潮の
「定形外郵便 第24回」)であります。