月が変わって 3

 今月は岩波「図書」が800号記念ということで、いつもの月よりもずっと読みやすい
文章が多いようであります。
 たぶん、当方が最初に手にした今から四十数年前のほうが、読みにくかったように
思います。
 今月の「図書」の巻頭で西洋古典学の「中務哲郎」さんが、次のように書いています。
「『図書』を読み始めた頃の楽しみは淮陰生『一月一話』であった。」
 淮陰生『一月一話』は1970年1月から1985年1月まで連載されたものですから、
「図書」の歴史でも特筆されるエッセイといえるでしょう。
 著者は淮陰生(わいいんせい)ということで、連載中からこれは誰が書いているもの
かといわれていたものです。とにかく話題が豊富でこのようなものを書き続ける人は
そうそういないから、たぶんあの人とほのめかされていましたが、著者の死後になって、
それは英文学者の中野好夫さんであると明かされました。
 最近の基準でいきますと、この「一月一話」は大インテリの箸休めのような文章で、
これを面白がって読むためには、こちらもそれなりでなくてはいけなかったように思い
ます。

完本 一月一話―読書こぼればなし

完本 一月一話―読書こぼればなし

 「図書」が雰囲気を変えてきたのは、この「一月一話」が終了したころからでしょう
か。たしかそのころから椎名誠さんの連載が始まったはずです。当方は椎名誠さんのこ
とは、それ以前から親しんでおりましたが、岩波「図書」読者には椎名というのは、
どこのなにものだという思いが強かったのではないでしょうか。「図書」での連載が
終わって岩波新書の一冊となったのは1987年のことで、これが岩波新書の雰囲気をずい
ぶんと変えたことです。
活字のサーカス―面白本大追跡 (岩波新書)

活字のサーカス―面白本大追跡 (岩波新書)

 岩波「図書」というのは、新しい読者開拓のための「アンテナショップ」としての
役割を持っていたということがわかります。