図書館に通う 4

 宮田昇さんの「図書館に通う」に登場する当方がそれまであまりなじみのなかった
人のエピソードであります。

「『リリアン』と『オリンピア・プレス物語』」にでてくる人々であります。
リリアン」というのは、ノルウェーの作家の小説で、本国では発禁処分を受けたの
だそうですが、日本では1971年に田中融二さんが翻訳し、これが「猥褻図書として
発禁になり、出版社社長と翻訳者が書類送検された」のだそうです。 
 翻訳者の田中さんは、宮田さんの古くからの友人で、この作品を翻訳にあたっても
相談を受け、起訴されたときにも弁護士のところに一緒したのだそうです。
 猥褻に関して、宮田さんは次のように書いています。
「はじめて知ったことだが、翻訳を担当している他社の編集者の言によると、ポルノ
の翻訳では禁じられた性表現があり、それらは婉曲にぼかさなければならない。その
常識を破り、しかも匠の技の翻訳をしたのだから、警察に目をつけられないはずは
ないというのだ。」
 その昔は猥褻の認定が極めて厳しく適用されていましたので、かなり頻繁に摘発が
あったように思います。
 他社の編集者からすれば、ちょっと表現を婉曲にすれば、摘発されないのに、どう
して、それをしないのかと思ったことでしょう。このへんは翻訳者のセンスであるの
かもしれません。
オリンピア・プレス」というのは、フランスにあって前衛文学とポルノグラフィを
併せて出版していて、一番有名な作品は「ロリータ」と「ファニー・ヒル」でありま
すね。
オリンピア・プレス」の刊行物は、日本では河出書房から「人間の文学」という
シリーズで翻訳がでるのだそうですが、これの企画は、のちに青土社を興す清水康雄
さんとありました。 
オリンピア・プレス物語」というのがでているのだそうですが、その翻訳者につい
ても宮田さんは触れています。
オリンピア・プレス物語―ある出版社のエロティックな旅

オリンピア・プレス物語―ある出版社のエロティックな旅

青木日出夫は、渋澤龍彦とともにポルノグラフィの収集では、関係者のあいだで
有名であった。その彼の長い海外出張中に、留守宅に窃盗が入り、犯人は思わずポル
ノを読み漁って長居しただけでなく、何冊かを盗んでいった。窃盗犯が捕まって、
青木の収集が官憲にわかったが、盗まれた猥褻書の没収だけで済んだという。」
 この時代の猥褻書であります。いまでありましたら、盗まれた本も戻されたこと
でありましょう。
「文学が、きびしい規制のなかで『性』を描こうとして、逆に力を得ていた時代は、
遠くなったのかもしれない。
 奇しくも田中融二自死したように、『リリアン』のイエンス・ビョルネポは、
日本で翻訳が出た五年後、首を吊って自殺した。鬱ともアルコール中毒であったと
も伝えられている。」
 田中融二さんは、北海道で自死するとのことを宮田さんに伝えて、亡くなるので
すが、田中さんのことについては、「戦後翻訳風雲録」にも取り上げられている
とのことで、やはりこれも読んでみましょう。(元は「本の雑誌」に連載で、その
時に読んでいるはずですが、すっかり忘れています。)
戦後「翻訳」風雲録―翻訳者が神々だった時代

戦後「翻訳」風雲録―翻訳者が神々だった時代