今ごろになって

 昨日に引用した丸谷才一さんの小説「思想と無思想の間」は、「文芸」昭和43年5月
号に掲載のもので、「年の残り」が芥川賞を受けて単行本となった時に、あわせて
収録されたものです。
 当方が丸谷さんの小説を読んだのは河出新鋭作家叢書に収録の「笹まくら」でした
ので、たぶん1972(昭和47)年のことでしょう。この作品と「年の残り」の作品世界
には違いが大きくて、「年の残り」が文春文庫にはいった1975(昭和50)年にとりあ
えず確保はしたのでありますが、ほとんど読まずに、ここまで来ているようでありま
す。
 先月に「Switch」1993年5月号を入手して、これの丸谷才一さんへのインタビューで
この「思想と無思想の間」が話題となっていたのをみまして、こんな作品があったの
かと思い調べてみましたら、なんのことはない文庫「年の残り」にはいっていること
がわかりました。この作品は、今から数十年まえに読んで、評価していたと言えば、
それらしいのでありますが、まったくそういうことはありません。
 このインタビューでの発言であります。
「68年に『思想と無思想の間』という中篇を書いていまして、それがまず『たった
一人の反乱を生むきっかけになってるんです。『思想と無思想の間』は大変な滑稽小
説でね、中身がしっかりとあって、しかも最後まで滑稽な線でいく、そういう滑稽
小説を書こうという気持ちがあって書いたんです。・・・
 一体に、前の作品に対する自己批評から始まって書くというのは、小説家が物を書く
ときに大事なことだとぼくは思ってます。『思想と無思想の間』は、その頃あんな変な
小説がなかったものだからみんな面白がってくれて、文芸時評その他で非常に評判が
良かったんです。しかし、珍しくて新鮮だから傷には目をつぶりがちだ、この傾向を
奨励したいという気持ちで批評してくれているということもぼくはわかっていた。
だからそれに対する不満が昂じてきて、そこから次の小説『たった一人の反乱』を書い
たわけです。」
 新潮社からでていた現代文学全集の「丸谷才一集」には、この「思想と無思想の間」
が収録されているとのことです。
 「Switch」特集では「丸谷才一文庫」ということで、著作紹介をしていますが、
小説のところには、この「思想と無思想の間」が取り上げられています。ほかは、
すべて単行本のタイトルになっているものですから、これの重要さがわかります。
これの紹介者(湯川豊さんのはず)は、次のように紹介しています。
「『たった一人の反乱』の前身とも言える作品。翻訳家の舅である無節操きわまりない
思想家黒田英之輔の破天荒な執筆活動と、そこから巻き起こる事件の顛末がユーモアの
ある筆法で描かれている。作品に随時織り込まれている歴史主義論や国家論は更に
『たった一人の反乱』や『裏声で歌へ君が代』で丹念に論じられていくことになる。」
 「たった一人の反乱」で「野々宮教授の大スピーチ」にあきれながら、感心した人
には、この「思想と無思想の間」もおすすめでありますね。

年の残り (文春文庫)

年の残り (文春文庫)

たった一人の反乱 (1972年)

たった一人の反乱 (1972年)