「図書」9月号 3

「図書」には、「詩のなぐさめ」というタイトルで池澤夏樹さんの連載があります。
今月は「批評としての翻訳」ということで、吉田健一さんの訳詩集「葡萄酒の色」を
とりあげています。
「葡萄酒の色」が岩波文庫にはいったことを機に書かれたものです。
 この文章の頭のところで、池澤さんは、二つの理由で本を手元に置かないといって
います。
「第一の理由は、引っ越しが多いこと。・・・第二は、このほうが本質的と思うが、
コレクションの趣味がない。まったくない。」ということになるのですが、引っ越し
が多いといっても、どこかに本の置き場所を確保している方もいるのですから、
これはやはり「コレクションの趣味がない」ということになるのでしょう。
 コレクションの趣味がないということに関しては、「子供の頃、昆虫採集もしな
かった」といっています。
 本を蒐集している方で、子供のころにコレクションしていたのは、なんでありま
しょう。当方の子供時代でありましたら、切手とか、そろそろではじめたシールなど
でありましょうか。最近の子供でしたら、カードゲームに使うカードとかでしょうか。
どちらにしても、最近の子供たちも何かを集めるのが好きなようであります。
彼等は成長して、本のコレクターになるでありましょうか。
 それはさて、池澤さんが「繰り返される引っ越しの試練に耐えて残っている数十点
がぼくの蔵書」と記しているのですが、その一冊が「葡萄酒の色」垂水書房版限定
五百部とのことです。
 この本を池澤さんは、「いまから30年以上前にどこか地方の古書店で見つけて、
五百円という値がついていたのでしめたと思いながらさりげなく買って、店主の気が
変わる前にと急ぎ足で店を離れた記憶」と記しています。
 垂水書房版の「葡萄酒の色」というのは、今から40年ほど前の京都の古本屋さんに
はけっこうありまして、これを手にしたことがあります。たしか値段もうんと安かっ
たはずですが、吉田健一さんが人気がでるのは、それからだいぶん後のことで、
その当時に、吉田健一さんのことをきちんと評価できる人なんて、ほとんどいなかっ
たように思いますし、そうした時代に著作集をだしていた垂水書房というところは、
本当に時代の先を行きすぎていたと思うのであります。