創業40周年 12

 国書刊行会からでた「ラテン・アメリカ文学叢書」は、当方はほとんど購入していない
のでありますが、それでも翻訳文学の歴史に残る仕事であると思いますね。当時はラテン
アメリカ文学の翻訳家もあまりいなかったはずでありますから、こういう企画を形にする
というのはたいへんなことであったと思われます。
 篠田一士さんが、ボルヘスの作品を論じた最初の時には、自らフランス語からの重訳で
批評集の巻末に掲載していましたが、日本語で読める形となっていなくては、作品を批評
しても、まったく議論になりませんからね。
 昨日に書影を掲げた「ユリイカ」79年7月号はマルケスコルタサル、インファンテ、
ジョサ(もちろん、ノーベル賞作家 マリオ・バルガス・リョサのこと)の作品の抄訳
などがあって、それに翻訳者がコメントをつけていました。
 プイグ「リタ・ヘイワース背信」の抄訳も掲載されているのですが、これの訳者に
よる後記には、「近く国書刊行会から『ラテン・アメリカ文学叢書」の一巻として出版
予定の『リタ・ヘイワース背信』のあとがきで、またあらためて述べてみたいと思う」
とありますので、このユリイカ特集こそ、国書刊行会の「ラテンアメリカ文学叢書」の
副産物という感じであります。
 この叢書の内容見本こそ、ラテンアメリカ文学への予告編でありました。
「ラテン・アメリカの現代文学のために」と題された内容見本の冊子は、画期的な
マニフェストでありまして、それを起草したのは、これの編集をされた鼓直さんであり
ました。
 題して「驚異のるつぼ」となります。
「今世紀の30年代の末、亡命先のパリから久しぶりにキューバに帰った一人の若い小説
家が叫んだ。ここアメリカ大陸には、かの地のシュルレアリストたちが求める『驚異』が
現実のものとして生きている、と。」
 この若い小説家は、アレホ・カルペンティエールであるようです。彼は<現実の驚異的
なもの>の遍在をいったようでありますが、鼓さんは、この作家の認識を、ラテンアメリ
カ文学の現在に重ねて続けます。
ハバナとメキシコとブエノスアイレスが形づくる広大な三角地帯で、現に生起している
文学的な状況そのものではないだろうか。この三つの都市から、そしてそれらを繋ぐ線上
のここかしこから、アストゥリアスガルシア・マルケス、バルガス・リョサといった、
要するにラテン・アメリカの現代小説を代表する華やかな旗手たちが立ち現れて、文字と
おり応接に暇のないめまぐるしさで、つぎつぎに傑作もしくは野心作を世におくりだして
いるという活況ではないだろうか。この状況は、彼らにとって久しく一切のインスピレー
ションの源泉であったヨーロッパ小説の最近の甚だしい衰弊を思うとき、いっそう驚異的
なものとして印象づけられる。蘇生のための新たな血をそこに注ぎうるものは、もはや
ラテン・アメリカの<新しい小説(ヌエバ・ノベラ)>しかないのではないかと、という
声が内外で聞かれるのも故なしとしない。」
 鼓さんは、他の作家の名前も列挙しているのでありますが、ちょうど、アストゥリアス
ガルシア・マルケス、バルガス・リョサと三人をつなげたくだりがありました。この
三人は、いずれもノーベル賞作家となるのですが、これが書かれた時点で受章していた
のはアストゥリアス(67年)のみでありました。ちょうどアストゥリアスが受章した頃が
欧米においてラテンアメリカ文学ブームとなったわけです。