昨日に紹介した小林祥一郎得さんの文章には、「蘆原英了さんは遅筆」とありました
が、資料を収集するに忙しく、まとまった研究を発表するにいたらなかったものでしょ
う。同じく遅筆で、文章を発表しなかったことで伝説的な存在となっている林達夫さん
と比しても眼に出来る文章が少ないことです。蘆原さんが残したもので一番重要なのは、
国立国会図書館に収められた資料であるのかもしれません。世界的なコレクションは、
「蘆原英了コレクション目録」国立国会図書館 として刊行されています。
「蘆原英了さんとは何時の頃よりか、サーカス及びサーカス道化についての共通の関心
によって知り合い、親しくおつき合いいただいた。多分十年ほど前、林達夫さんがまだ
病床に伏しておられない頃、中央公論社の社屋で林さんとお会いする機会を故塙嘉彦氏
が与えてくれた時、蘆原さんも同席されて話が大いに弾んだことがある。その後、資生堂
ギャラリーでパリの装飾美術館から運ばれたサーカス・ポスター展のオープニングの時に
お会いして、食事にお誘いいただいて他に予定があったためにお受けできなくて残念な
想いを抱いて別れたことがあった。
この時蘆原さんは、ご自慢の明治初年のサーカスの錦絵を持って来られて、パリから
来たキュレーターに実に嬉しそう、愉しそうに説明しておられた。他人が持っていない
コレクションについて説明するときほど愉しい瞬間はないというのは、大したコレクター
でない私にもよくわかる。」
上に引用したのは、蘆原英了「サーカス研究」の巻末に寄せられた山口昌男さんによる
文章「蘆原さんとサーカス道化の研究」の冒頭部分です。
サーカス研究 (1984年) (Encyclopedia Ashihara〈vol.2〉)
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まして、蘆原さんのものは世界的に知られていたわけでありますからして。
再び山口昌男さんの文章からです。
「(ロンドン、パリ、ニューヨークなどに)見世物芸などを扱う古本屋がある。ここ十年
の間、こうした場所にある古書店に寄るたびに聴かされるのが少し前に蘆原さんが来たと
いう話であった。世界中に見世物芸関係の書物の蒐集家はいるに違いないのだが、蘆原さ
んは、その中でも特に知られていた存在だったらしい。」
普通でありましたら、こういうコレクションを蒐集のために雑文を書いたりして、べら
ぼうな量の本を刊行したりするのですが、こういうのを雑文書きをすることなしにできて
しまうのが、うらやましいことであります。
山口さんの文章には、「事実、蘆原さんは『世界中の古本屋を廻っても、もうこれはと
いう出物に出っくわさなくなりましたね』と自信ある嘆きを漏らしていたことがある。」
とあります。なんともすごいことです。